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『ロッキー』

 好美、俺は今日はすごい決心をして来てんだぞ。俺はいつもと変わらない服装かもしんないけどな、でも心はちょっといつもとは違うんだぞ。
好美はそうやってうれしそうに動物見てりゃいいけどね、俺はもう、結構ドキドキなんだぞ。頭の中はこうやってフル回転だ。

「あ、山羊の子供か、かわいいね。
ん?そこ?うんいいよ、入って触って来なよ、ほら動物園の人がついててくれるから大丈夫だよ。
俺?俺はここで一人で考えてるよ。」

 好美、寒くないかな?暑がりの俺でもちょっと寒いなあ。やっぱ12月だもんなあ。もっと着てくりゃ良かったなあ。
俺は今日はものすごい決心をしてんだぞ。
12月に動物園を選んだのも、ちゃんと理由があるんだぞ。
 まず、ロッキーのことを話さないといけないなあ。ロッキー、知ってるよね。俺の一番好きな映画ね、いつもいつも俺が言ってるから分かってるよね。ロッキーはね、いつも勘違いされてんだけど、スポ根映画じゃないんだよね。
俺だってボクシングなんてちっとも興味ないんだから。でもね、あれ、いいんだよね。
クズみたいな生き方してる男がね、ひょんなことからチャンスを手に入れるんだよ。でね、その男はがんばる。そうしたら、街の人は応援してくれるし、恋人はできるし、協力者は現れるし…って、どんどん環境が変わっていくっていう話なんだよ。
がんばって、でも彼は勝ちたいんじゃないんだよね。ただ、最終ラウンドまで立っていられるかどうかに、自分がクズかどうかを賭けてるんだよね。
最後のゴングが鳴ってね、ロッキーは立ってるんだよ。リポーターとか相手の勝利のアナウンスとか、そんなことはどうでもよくて、ロッキーはただただ、うれしさを伝えたい人の名前だけを何度も何度も叫ぶんだよ。
それで映画の最後の最後で初めて、恋人に向かってはっきりと、一言いうんだよ。アイ・ラブ・ユーって。
ああ、最高だよ、ほんと。ロッキーのこと考えると止まらなくなるんだよね、
そう、そのロッキーなんだよ、

「あ?もういいの?山羊触った?そう、かわいいよね、あ、ふわふわか、そうみたいね。
そうだ、あっちにトラがいるから…、そこに行こう。」

トラの前に行ったら俺は今日のすごい決心を好美に話すぞ。
ロッキーは5までシリーズがあるんだよね、3と4はほんとに世の中の人が言うようなスポ根ものになっちゃってるけど、1と2と5は違うんだよね。
ま、それはいいんだけどね、2の話をね、したいんだよ。
2でね、ロッキーは恋人のエイドリアンをね、あ、エイドリアンって分かるよね。
あ、それはいいんだ、でロッキーはエイドリアン連れて雪の日の動物園に行くんだ。
今日はそのシーンの真似をしてるんだよ、実は。残念だけど雪は降ってないけどね。
ロッキーがね、トラの檻の前で立ち止まるんだ。そして恥ずかしそうに言うのね。まーその、あれだよ、結婚してくれないか、とかそういうことね。その真似をね、俺はしたいんだ。
 ロッキーのトレーニングシーンでね、いつもロッキーは最後に階段を駆け上がっててっぺんでガッツポーズをとるんだよ。あれはね、勝利の後、じゃないんだよね、試合の前にあれをやるんだよね。まさに今、そんな感じなんだよね。

「あ、トラがいるね、あんまり柵が大きくないよね、このおっさん邪魔なんだよ。この女の子あんまり楽しそうじゃないから、早く向こうに連れてってほしいよね。
あ、好美、ちょっと待って。あの、ここで実は、あの、話があるんだ。」

あ、なんか息が苦しいよ。…えっとね、あのね、…ん…、頭が働かないなあ。…
俺は広島人だから、こっちの人が使う、あのさーとか、それでさーとか、さーってのが気に入らないんだけどね、でも好美が、さーって使うのは別にいいと思うんだよね。別に一生聞いててもいいかなって思うんだよ…あ、あの、あ、この一生、っていうのは別に深い意味はなくてね、あ、あ、あ、あの、えっと…そんなことはどうでもいいんだよ…

「…あのね、ここで…話があるんだよ。」

そんな顔で見るなって。俺だって…苦しいんだよ。
えっと、その…、分かった、分かった、言うよ。言うからね。これから言うからね。
ちょっと深呼吸させてよ、

「あのね…」

2003.5.2. 工房の主人



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