ホーム映画にまつわるものがたり『ら〜ろ』 >『恋愛冩眞』
 

『恋愛冩眞』


 あたしは部屋中にある写真をかき集めた。そして重ねてみる 。厚くて重い。そりゃ、そうだ。ここにはあたしの3年間の思 い出が全部詰まっている。でも、今のあたしはその思い出たち に、触れる勇気もさよならする勇気もない。そのほとんどがあ いつとの想い出だから。  

 昨日、同棲していた彼氏が出ていった。ありがちな、他に好きな人が出来たってヤツ・・・。ずっと一緒にいたのに、3年 間も一緒にいたのに、いつそんな時間があったっていうの。責 めるあたしにあいつは言った。
「おまえのこと全部知っちゃったし、もう知ることないからつまんない。おまえもそうだろう?」  
 つまんないねぇ・・・。3年前、あたしとあいつは写真の専門学校で知り合った。付き合い出してからは、どこに行くのも 一緒で、いつも写真を撮っていた。あたしもあいつも夢中でお 互いを撮った。
「いくら撮っても飽きないよ。だっておまえ、一枚一枚表情が違うじゃん」
 そう言ったのはあいつ。
「じいちゃんになるまで撮ってよ、おまえのカメラでさぁ、オ レの歴史作ってよ」
 そう言って赤くなったのもあいつ。それなのにあいつは、想い 出とあらゆる表情を残したまま出ていった。もう増えない、も う積めない。未完成なあたしの作品。  
 あたしたちはたいていの時間を共有した。この部屋、この机、そしてこのカラダ。いつだって一緒だった。それなのに、こ の部屋はカラッポ、なんもない。写真の飾ってない部屋は、あ まりに白く、カラッポだった。今まで気付かなかった。あたし たちの関係って、写真でしか証明できない。この3年間のすべ てのことが、本当のことだったのかもわからなくなってきた。
すべて妄想だったのかもしれない。確かなのは、今、あいつがいないっていう現実。そして、部屋みたいにカラッポになった あたしの心。目の前にあるたくさんの写真。それだけがリアル 。  

あたしは、気付いたらあいつと共有できるものを探していた 。もう同じ時間は過ごせないってわかっているのに、今更どう にもならないって知っているのに、あいつとの日々を実感した かった。  
 そういえば、映画をほとんど観ないあいつが、唯一薦めてくれた作品があった。確か・・・、『恋愛冩眞』という映画。
「これ、オレたちに似てんだよね。いつも一緒にいて、写真撮って、そんでラストが最高に泣けるんだよ。まぁ、オレらはこ んな終わり方はしたくないけどね。」  
 そう言ったあいつの言葉を思い出した。そして、素っ気なく聞き流していたあたしの態度も。
「オレさぁ、この映画に出てくるシズルって女、かなりお前に近いと思うんだ。なんか、近くにいるのにどこか遠いっていう か、うん・・・。」  
 あたしはそのとき、彼自身ではなく、レンズの向こうにいるあいつに夢中だった。あいつはそれに気付いていた。あたしは 気付かなかったのに。今更遅い・・・。
「もう知ることないし、つまんない」  
 たぶん本当は、知ることがないのじゃなくて、もうあたしのこと知りたいと思わなくなっただけなんだと思った。そして、 そうさせたのはあたし。新しい彼女は、この映画を観たのだろ うか。彼女もシズルに似ているのだろうか。
「だから心配だよ、おまえがあんなことしないかって」
 音をたててあたしの心臓が動きだす。あたしたちの結末が、彼が望まなかった映画のラストと同じでないことを心から祈った 。
 外はもう暗い。あたしはカラッポの部屋を出てビデオ屋に向かった。残された写真たちは、消えることなくあたしの帰りを 待っているだろう。

2004.10.11 こずえ



映画工房カルフのように 【http://www.karufu.org/】
All rights reserved ©2001.5.5 Shuichi Orikawa
as_karufu@hotmail.com
ホーム映画にまつわるものがたり『ら〜ろ』 >『恋愛冩眞』