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『ロスト・イン・トランスレーション』


 この夏、わたしは数年来のネット友達と一ヵ月半という時間を一緒に過ごした。
彼は19歳のカナダ人の男の子。彼とわたしはチャットで知り合い、時差を超え、年齢差を超え、まるで本当の姉・弟のような関係になっていった。もう4年の付き合いになるだろうか。最初に知り合った当初は、彼はまだ15歳だった‥‥。  

 今年の夏、彼がわたしの所に遊びに来た。そして、ウチの小さな中庭で、何度も何度もおしゃべりをした。時間を忘れて、現実空間でのおしゃべり。目の前にいるのは、15歳の男の子ではなく、無精ヒゲを生やした予備校生のような背の高〜い立派な青年。
 彼がふと口を開いて、わたしの“昔の相手”の名前を言った。一度も忘れたことは無いその名前、それを聞いた瞬間、甘く苦い思い出が喉元に込上げてきた‥‥。  

 彼が15歳だった時、わたしはある男性と、これまたネットで知り合った。
ちょっと魅力的な男性で、英語だったけれどチャットでの会話がはずんだ。
“相手”はチャット中にビールを飲んでいると言う。  
「ちょっと待って、わたしもビール持ってくるから。」
 と言ってその“相手”を少し待たせて台所へ行き、缶ビール片手に部屋に戻り、二人で「kanpai !」をした。そんな会話が何度も続き、お互い距離は保ちながらも気持ちは自然に近づいていった。  
 ある日、ビールでほろ酔いになった勢いでちょっと聞いてみることにした。  
「わたしは、あなたの girlfriend なの?」
 “相手”が何と返事をしたのかもうすっかり忘れてしまったけれど、その時から彼とわたしは電話をするようになった。彼は台湾に住んでいたので、日本との時差は1時間。真夜中の、10分間ほどの電話がとても楽しかった。写真でしか見たことのない相手だけれど、会話をしているとホッとさせられた。そしてわたしは、会いに行ってみることにした。  
「クリスマス頃に、台湾に旅行してみようと思うんだけど。」  
「じゃあ、僕が案内してあげるよ。」
 クリスマスはもうすぐそこまで来ていた‥‥。  

 15歳の彼に、わたしは一部始終をチャットで報告していた。台湾旅行のことも告げた。わたしはなぜか、限りなく暗く寂しい気分に陥ってしまったかのようだった。「台湾に行くことが、何かの解決になるのだろうか?」いや、それでも行ってみなければ。行ってみなければわからないことがあるのだから。  

 台湾に着いたわたしは、「仕事で空港へは迎えに行けないから」と言う彼の事前の言葉もあって、一人でタクシーを拾ってホテルへ。日本語カタコトの運ちゃんと、会話しながら、街路樹として植えられているのがゴムの木であることに鮮烈な印象を覚えた。そしてホテルの部屋から彼に電話をし、会う約束をした。  
 時間になって来た背の高いその“相手”は、いきなりわたしの両頬にキスをした。それは彼の出身国での挨拶ということはわたしも承知していたので、わたしも少しかかとを上げて自然に受け止めつつ、彼のつけていた香水の香りをかいだ。  
 あれは一体デートだったのか?それとも観光案内だったのか?観光案内にしてはちょっと‥という中途半端さが面白く、故宮博物館にいるのにサッと眺めただけで出るなんて!と思わず笑ってしまった。  
 “相手”は漢字は読めないのに中国語が少し話せ、わたしは中国語はまったくダメなのに漢字で内容が少しはわかる。とんでもないデコボコ・コンビだ!そして、じんわり汗ばむ陽気の中、スタバでコーヒーを買う時に「氷は入れないで」とわざわざ注文つけてるところが、なぜかわたしと似ていた。  

 その夜、わたしは“相手”の部屋へ行ってみた。無理に誘われたわけではなかった。なりゆきでもなかった。わたしは部屋が見たいと言い、“相手”は「もちろん、そうしようと思ってたよ。」と答えた。わたしは、“相手”がわたしと繋がりをもっていた、そのパソコンが見たかった。  
 部屋に入り、ソファーに座るとお酒を持ってきてくれた。もうすでにビールで酔っていたところだったので、グッとイッキにグラスを空けた。そして気がつくと、“相手”はサッとわたしを掬い上げるように持ち上げ、そしてわたしの体は中に浮いていた‥‥。

 それから4年後の今、わたしは当時15歳だった彼と一緒に「ロスト・イン・トランスレーション」を見ている。この純愛が、彼は「とっても悲しい」と言う。わたしはそうは思わない。だって、彼らはオトナなんだから。オトナの恋愛は、悲しんでいてはダメ。前向きでなければ。  
「あの最後のシーンで、彼は彼女に何てささやいたと思う?」  
「さぁ。“また会おう”とか言ったんじゃない?」  
「若いなぁ〜。それは、オトナの恋愛では言っちゃいけないセリフなのよ〜。」
 と知ったかぶりをして見せる。
いや、それは三十路女のわたしの経験から出た言葉だったのかもしれない。  

 3泊4日の短い台湾旅行はすぐ終わり、その“相手”とは結局2度会っただけだった。いつも「仕事があるから」と言って去って行った。年末なのに、そんなに忙しく仕事しなきゃいけないんだろうか?彼の部屋で、酔ったわたしの目に見えたあの指輪かピアスが入っていそうな箱のことが頭を何度も何度もよぎった。  
「そういうこと、なのかもね。」と自分に言ってみた。
台湾を出る日、午前中に時間があったので、占いをしてもらうことに。日本でも雑誌に載ったりして有名だというおじさんの店で、四柱推命で占ってもらった。  
「あなたはねぇ、芸術の才能がありますね。役所なんかに勤めるのは向いてませんね。」と。それぐらい、自分でよーくわかってる。自分が事務屋になれない“はみ出しモノ”だってことくらい、ちゃーんとわかってるよ、オジサン。  
「あなたはねぇ、女性の星のもとに生まれていますよ。結婚したら良い奥さんになりますよ。」と。その前に相手はどこに居るんだよ、ワタシの相手は!  
「今、お付き合いしている方がいたら、その方の生年月日で相性も見てあげますよ。」ちょっと考えた後、わたしはアイツの誕生日を告げた。ちょっと曖昧な記憶であることを付け加えながら。  
「この人とは‥良くも悪くも無いですね。続けてもいいけれど、他に良い出会いもあるかもしれません。」なんじゃそりゃ。ありきたりの答えじゃん。でも、その瞬間に何かがぼんやりとわかってきた。  
 台湾から出る直前、空港から“相手”に電話をしてみた。当然のように、留守電だった。仕事だと言っていたから。「ありがとう」とメッセージだけ残して電話を切る。  

 親には女友達との2人旅であると言っていた手前、少ない写真の全部が風景だけであることに対する言い訳が難しく、全てを年末年始のどさくさに紛らわせてうやむやにしてしまった。そして、帰国以後“相手”となかなか連絡が取れなくなったことでさんざんなまでに憂鬱な気分になった。それも15歳の彼に報告していた。
たった15年間しか生きていない子に、何もかもを打ち明けていた。  
 19歳になった今、彼はその時のことを「ティムの野郎!!って思って、悔しかったよ‥。」と言った。15歳の子供だし、遠くに住んでるし、わたしに対して何もしてあげられないことが非常に悔しかったんだと。それを今聞いて、わたしは笑いながら、少しうっとりしたような顔をしてこう答えた。  
「でもね、あれはいい思い出になったんだから。」  

 そうそう、台湾の占い屋のオジサンがこんなことも言っていた。「あなたは芸術の才能があるから、フランスかどこかへ行って、偉い先生のもとで勉強したら才能が伸ばせますよ。」と。そして、その台湾旅行からわずか4ヶ月後に、わたしはフランスのド・ゴール空港で、とある男性を待っていた。それが、今の夫。  

 オトナの恋愛は、悔やんではいけない。また会いたいと言ってはいけない。二人でいる時間、その瞬間だけを楽しまなければいけない。後先のことを考えてはいけない。だって、2人の間に未来なんて無いのだから。  

 “昔の相手”に、2ヶ月ぶりに連絡が取れた時、わたしは「この間、パリに行ってきたよ。彼氏ができたよ。」と意気揚々と報告をした。“相手”はちょっと驚きつつも、喜んでくれた。そして「実は僕も彼女ができてねー。」と。  
「お互い、がんばろうねー。」  
「うんうん。」
 それが、わたしとその“相手”との最後のチャットで、それ以後二度と連絡を取ることは無かった。  
 結局、アイツは遊び人だったのだろうか?恋人が何人もいたのだろうか?それとも結婚していたのだろうか?今となってはもう闇の底に埋もれた答え。それを捜し求めて当時はさまよい歩き続けていたけれど、結局、そんなことはどうでもいいことなのだとわかった。そして、わかった時に、一歩前へ進むことができた。
ちょっとオトナになれた気がした。  

「あなたとは、もう会わないことにしたよ。わたしはもう、先へ進むから。」

2004.7.29. ジョリ



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