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『星の王子ニューヨークへ行く』

 いい歳して合コンなんて、一体どういうこと?
恭子は突然かかってきた電話口で思わず眉をひそめていた。
「合コンったってさ、『王様だーれだ!?』の学生ノリじゃないし、とりあえずみんなでおいしいもの食べて、いいお酒飲もうって感じなんだって。でも急な話で頭数が足んないんだよね。私の知ってる人が幹事でどうしてもって言うからさ。だから、ね?お願い!」
 30歳を前にしてそんなことやってる場合じゃないでしょ、と言いかけた恭子を遮って、学生時代から友達の梨花は、昔と変わらずにしれっとした声で言った。
「恭子だってたまには息抜きしないと。合コンがだめならお金持ち飲み会だと思えばいいじゃん」
 確かに梨花とは、いわゆる一気全盛のころからコンパだの飲み会だのに顔を出している。大学を出てから、恭子は出版社のデザイナーとなり、梨花は商社に勤めているけれど、お互い結婚していないこともあって誘いやすかったのだろう。幸い仕事も一段落したところだし、たまには羽を伸ばすのも悪くない。そう思った恭子は週末を空ける約束をして電話を切った。

 3対3だって、と梨花が言っていた通り、金曜の夜、表参道の店で待っていたのは梨花と梨花の知り合いという女性、それに男性側の幹事を含めた3人の男だった。幹事同士は顔見知りのようで、あとの一人は大手の広告代理店に勤めているというルックスの良い男。その隣にいたのは、どこかしまらない朴訥とした男だった。
「好きなものを頼んで下さい」とメニューを差し出され、見るともなしに見てみると値段が一桁違う。誰がこの店を選んだのだろうと、恭子は内心目を丸くしていた。
 確かに駆け出しのOLというわけではないのだから、自分だってそこそこのお店には出入りしている。けれど、一本一万円以上するワインを平気で頼むのとはわけが違う。よく見れば店の雰囲気もいいし、週末の何時間かを過ごすには、こんな『合コン』があっても悪くない。
 お仕事はなんですか? 料理を選びながら当たり障りのない会話を切り出すと、その相手は「ラーメン屋をやってます」と照れくさそうに笑った。
―ラーメン屋!? まさか屋台なんか引いてるのかしら? それとも実家がラーメン屋とか…?
 確かにその男は野暮ったくて、居心地のいい店の雰囲気とその男のギャップに、恭子は白けずにはいられなかった。そしてそれ以上話の糸口を見つけることもできず、メニューを覗き込むふりをするしかなかったのだ。
 やがてお酒も進み、なんとなく二組に分かれて来た感があった。恭子と広告代理店の男。そして梨花はそのさえないラーメン屋と何やら話し込んでいる。
 中国語ができるわけでもないのに中国系の商社にもぐり込んだ梨花のことだから、何か会話のきっかけを見つけることができたのかもしれない。もしかしたら中国4000年の味について語り合っているのかも…。
 そんな風に思いながら、恭子は代理店の男と『空間と紙面のレイアウトの違い』なんて話を続けていた。

そして夜も更けた頃、梨花とその男は示し合わせたように席を立った。
お持ちかえりされちゃうの? と、小声で訊いた恭子に、梨花は「まさか。場所変えて飲み直すだけだよ」
と笑って出て行った。
―そう…だよね。まさか梨花があんな冴えない人と…。
考えすぎた自分を戒めながら、恭子は飲みすぎない程度に飲み、そして終電で家に帰ったのだった。

「昨日、あれからどうした?」
翌日、いつもの習慣で梨花に電話を入れると、梨花は少しばかり眠そうな声で電話に出た。
「けっこう遅くまで飲んだかな。あの人、今度香港に支店を出すんだって。だから手伝ってくれないかって言われてさぁ」
…え? 香港? 彼の仕事はラーメン屋でしょう? それが何で香港なんて…。
一介のラーメン屋が海外に店を出すという話の飛躍に、混乱した頭を必死に立て直そうとして、けれど恭子の疑問は次の言葉であっさりクリアになった。
「あの人さぁ、何とかっていう超有名なラーメンチェーン店のオーナーなんだって。香港なら私のインチキ英語でも何とかなるし、店舗の借り上げからプロモーションまでやってくれるならって、けっこういいギャラで引っ張られてるんだよね」
プロモーションなら…と言いかけた恭子だったけれど、自嘲気味に笑って言葉を飲み込んだ。姿かたちで相手を判断しようとした自分が悪いのだ。たかがラーメン屋だと思っていた。けれど、本当にできる男ほどなかなか自分の素性を見せないのかも知れない。
 その時ふと、昔これとよく似た感じの映画があったことを思い出した。アフリカの王子が素性を隠してニューヨークのクイーンズに王女を探しに来る話だった。そんな童話みたいな話、映画の中でしかありえないと思っていたけれど、きっと今の梨花はまさにそんな感じなのだろう。
そして、電話を切る間際になって「他にもけっこう楽しかったよあの人」とさらりと呟いた梨花の言葉の裏にはしたたかささえ感じられて、恭子は今まで知らなかった梨花の一面を垣間見た気がした。
そういった意味では、梨花もまた、ただのお気楽な子のふりをしていながら「本当の自分」は見せていないのかも知れなかった。

2003.11.7. 水無月朋子



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