ホーム映画にまつわるものがたり『た〜と』 >『永遠に美しく』

『永遠に美しく』

 女の、美への執着にはどこまで限りがないのだろう。それは美紀だけではなく、きっとその場にいた女たちの誰もが密かに感じていたはずだ。その証拠に、彼女たちは互いが互いを牽制し、その容姿や服装や装飾品を値踏みして、自分と比較することで安心しようとしている。
 大学を卒業して12年。元クラスメートだった彼女らと最後に会ったのは、二十代ぎりぎりで結婚した明日香の結婚式の二次会だったから、もう5年前になるだろうか。当時29だった美紀たちは34になっていた。
 それにしても…と美紀は思う。
 30を越えた女たちはどうしてこうも歳の取り方が違うのだろう。当然それは男にも言えることなのだけれど。
 かつては遊び上手で通っていた理恵は、二十代半ばまでクラブ通いに明け暮れた挙句、それに飽きた頃になって、当時もてはやされていた青年実業家と結婚した。けれどその相手の会社は去年か一昨年、倒産したと聞いた。そのせいばかりとは言えないけれど、理絵の顔にはぞっとするほど小皺が多かった。
「ホント、給料安くて大変だよ」
「だよな。家賃も高いし、うちなんか2人目が出来ちゃったからさぁ」
 大学野球のチームで人気を二分していた青木と平山が、互いに顔を見合わせて苦笑いしている。誰が彼らと付き合うかで女たちを騒がせていたのが嘘のように、今や2人とも顎の下にたっぷりと肉を付けた、ただのサラリーマンに成り果てている。
 そんな中で、話題の中心にいたのはやはり明日香だった。
「まったく嫌になっちゃう」
 在学中、ミスキャンパスに選ばれ、王女様のようにふるまっていた明日香は、相変わらず男たちに囲まれていた。そんな彼女の胸元や耳元には、自分の失った物を補うかのようにゴールドやダイヤが光っていた。
「何で私がバツイチなんかにならなきゃなんないの?ねえ、そう思わない?」
 結婚3年目を待たずに離婚したという明日香を取り囲んだ男たちがいっせいに頷きを返す。けれど、かつては「可愛い」と称された上目遣いの中に隠しようのない媚が含まれていることは誰の目にも明らかだった。
 その証拠に、男たちは彼女を取り囲んではいても、昔のように競って話しかけようとはしない。明日香はそれにはまったく気づかず、歳に不釣合いな舌足らずな様子で喋り、首を傾げ、口を尖らせる。
美紀がそんな明日香をしらけた気分で見ていると、誰かに横から声をかけられた。伊川という、大手の代理店に勤めている男だった。
「ずいぶんカジュアルだね。仕事場から来たの?」
改めて自分の格好を見下ろしてみる。出版社の締切りを終えて駆け付けた美紀は、シンプルなシャツとジーンズといういでたちで、よそ行きの服に身を包んでいる女たちの中で明らかに浮いていた。
「みんな、ここぞとばかりって感じね。持ってる金目のもの、全部付けて来たみたい」
「そういう皮肉屋なとこ、変わってないのな」
 伊川とは恋人同志だったことはない。けれど一度、一緒に朝を迎えたことがある。その気安さからか、伊川は美紀の耳元に顔を寄せて言った。抜けようよ。業界人らしく、強引で魅力的ではあったけれど、一度あったことが二度あると信じきっている惰性が彼の心の贅肉を感じさせた。
「あなた、あっちで話してる方が話が合うかもよ」
にっこり笑って答えると、伊川は肩をすくめて行ってしまった。美紀の皮肉が通じただろうか。通じていればまだ救いようもあるのだけれど。そう思いながら話の輪を眺めていると、美紀と同じようにTシャツにジーンズという格好で、大声で喋っている女がいた。恵美子だった。
「まったくさぁ、結婚生活なんて家計のやりくりばっかり。たいして楽しいもんじゃないわね」
言葉とは裏腹に、彼女の様子からは、多くを望まなかった女の開き直った強さが感じられた。けれど所帯じみたところはまるでなくて、まるで5年前に会った時と変わらない様子で笑っている。
やがて二次会に流れる組と、帰宅組に分かれ始める空気が流れ始め、美紀は恵美子に声をかけた。
「二次会、行かないの?」
美紀が尋ねると、恵美子はうんざり、といった表情を隠しもせずに言った。
「行くわけないでしょ。どうせ旦那のグチと、どうでもいい昔話と、あとは人の噂話くらいしかしかしないんだから。旦那が帰ってくるから、なんて帰った子たちなんか、みんな保護者会に来る親みたいだったよ」
恵美子の辛辣な口調に、美紀は何それ、と苦笑いするしかなかった。
「若い男の先生を見る感じ?旦那に内緒で、何か楽しいことがあるんじゃないかって期待してる眼だね」
 そんな恵美子に、なら2人で抜けて飲みに行く?と訊ねると、当たり前じゃない、と即答で返って来た。
「何のために毎日つまんない親同士の会話に付き合ってんのよ。こんな時くらい死ぬほど飲まなくちゃ」
 子供は?と聞き返そうとして止めた。恵美子はきっと「そんなの」と笑い飛ばすだろう。
 そんな恵美子のそばかすの浮いた顔を見つめながら、いつか観た映画を思い出していた。
『永遠に美しく』。
 そのタイトル通り、往年の大女優2人が美しさを保つために必死になる映画だった。
 そう思うと、女の美しさとは何なんだろう、と判らなくなった。今、自分の目の前で「日本酒には絶対イカ軟骨だよね、それにおでんもいいなぁ…」と指を折っている恵美子は、結婚もして、子供もいて、さらにはダイヤのネックレスも、ブランド物のワンピースも身に付けていなかったけれど、その場にいた誰よりも可愛らしいのではないかと思うのだ。
そして、そんな思いを裏付けるかのように、二次会に流れる一群と別れて会場を出て行く恵美子と美紀の、背筋の伸びた後ろ姿を羨ましそうに見つめるいくつもの視線に2人が気づくことはなかった。

2003.11.7. 水無月朋子



映画工房カルフのように 【http://www.karufu.org/】
All rights reserved ©2001.5.5 Shuichi Orikawa
as_karufu@hotmail.com

ホーム映画にまつわるものがたり『た〜と』 >『永遠に美しく』