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『ターミネーター2』

 寮に入って、最初の3日間はウンコが出なかった。
実家から離れた、広島市内の高校に入学が決まり、同時にそれは家族と離れて暮らすことを意味していた。初めて寮に向かう日ものんきに助手席に座っていたが、寮に着いて部屋に案内され、家族が帰ってしまった後途端に、僕は途方に暮れた16歳の少年になった。

 箱詰めの荷物を整理することでとりあえずの不安を忘れることができた。僕と同じ中学校出身のやつが2人、寮内にいるはずだったが探しに行くのも面倒だった。
午後5時半きっかりに食堂に行くと、すでに数人があちこちに分かれてもそもそと飯を食っていた。会話はなく、みなテレビを見ているようだった。前を行く人の真似をしてトレーをとり、皿をとり、野菜をとり、最後に御飯をよそった。
夕食は、肉炒めだった。僕も周りの人間と同じように、テレビを見ながら黙々と箸を口に運んだ。特に食欲もなかった。
食堂はやがてにぎやかになっていった。次から次へと人が入ってくる。どっと笑い声もあがる。

 食べた後部屋に帰ろうとすると、「ちょっと…」と呼び止められた。目の前に笑わない顔が僕を見下ろしていて、その後ろにもさらに3人いた。
廊下に出るや否や、笑わない顔の男が口を開いた。
「なんで呼び出されたか分かんじゃろが…」 僕はただ、いや…、と答えた。
男はいきなり僕ののどの辺りをつかんで壁に押し付けた。「なんじゃその態度はっ!」
「まあまあ…」と背の高い男が彼を僕から引き離してくれた。その背の高い男に、僕は見覚えがあった。「挨拶せー言っとんじゃ!」と笑わない男が肩を怒らせて言った。「もしもう一回呼び出されたら、ただじゃ済まんど」
僕は、すいません、と答えた。いつ自分が無視したんだろう、と急速に一日のことを考えていた。
「分かっとんじゃろーの」笑わない男が低い声で言った。すいません、と僕は繰り返した。
笑わない男はそのまま歩いていき、2人があとに続いた。
僕の前には、僕が殴られるのを止めてくれた背の高い男が立っていた。「大丈夫か?」と彼は僕の目を見て言った。僕は黙ってうなづいた。「澤田だよ。分かる?」それは、同じ中学校の先輩だった。
「はい。」笑いたかったが、顔がこわばっていた。「今日はたまたま俺が通りかかったからよかったけど…」と彼は言った。「挨拶はちゃんとした方がいいよ。」別に無視はしてません、と言おうとしたが、まあいいや、と思った。僕は、はい、と言った。急速に嫌な気分になっていた。

 僕が通っていた田舎の中学校は荒れていた。いつも誰かが喧嘩していて、周りには血なまぐさい物騒な話題がいくらでもあった。
小学校の頃から、僕はどうやら目立っていたようだった。特別勉強ができるわけでもなかったのに、なぜかみんな僕を「えらい」と言った。いつも班長か学級委員をやり、6年生の時は児童会長をした。そんな雰囲気が「えらく」見せているのかもしれなかった。僕はただ、他の人がやりたがらないからやってあげていただけだったのだ。唯一得意なのは、図画工作だった。すると周りには、”勉強もできて絵もうまい嫌なやつ”と写るらしかった。
そのままのメンバーで中学生になり、僕の評価はそのまま持ち上がった。

 大半の中学生の興味は、違反ズボンや学生服の裏地のようだった。髪を染め、たばこを吸う。女の子を取り合って喧嘩する、という話も時々聞いた。僕にはすべて別次元の話だった。何回か、違反ズボンを買わないか、と持ちかけられた。数千円なんてお金は持っていない。ただそれだけの理由で断った。そうすると、”まじめぶってる嫌なやつ”になってしまうのだった。テストでいい点をとると、先生はみんなの前で僕を誉めた。ただ、ただ、迷惑だった。
 学校から数人で帰っている時、一人の友人がみんなにガムを配った。僕だけがそれを口に入れた。しばらく歩いていると、一台の車が止まった。若い教師だった。「今ガムを噛んでただろ」僕は学校に連れ戻された。 しかし、ほとんど叱られなかった。僕は”優等生”だったのだ。「他のやつも噛んでただろ」と若い教師は僕の目を見て言った。あいつらはいいやつらなんだ。友だちなんだ。何度、僕だけでした、と言っても、若い教師は信じなかった。

 高校生になって半年が過ぎた頃、僕は寮の友人達に誘われて映画を見に行った。映画なんて小学校の時何回か学校で見ただけで、特に興味はなかったが、まあいいや、と思った。バスに乗りながら、これから見る映画について聞いた。『ターミネーター2』という映画のタイトルを、僕はすぐに覚えることができなかった。
2ってことは、1を見なくてもいいのかよ、と言うと、友人達は興奮ぎみに1のストーリーを話してくれた。僕は適当に相づちをうちながら、ほとんど聞き流した。ただ、”未来からロボットがやってくる”という部分だけ、ひっかかった。
未来か。
これから見る映画と同じくらい、その言葉にも興味がなかった。

 いつもいつも、自分の望むものとは違う評価を得て、僕は生きてきた。でもその評価は大人達が喜ぶものだったので、まあいいや、と思ってきた。いつも頭を低く下げてやり過ごしていた中学時代が嫌で、僕は進学校に行こうと決めた。そこなら、乱暴な連中はいないだろう…。

自分についてくる過去の評価、しがらみ…すべてがわずらわしくなり始めていた。

2003.4.15. 工房の主人



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