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『小さな恋のメロディー』

 小学校の六年間ずっとチャンスを狙っていたけれど、結局あの子の横の席になることはできなかった。
でもたった一度。
たった一度だけ、ぼくはあの子と向かいあってじっと彼女を見つめたことがある。

 それが初恋ってやつだと知ったのもずっと後だし、好きだって気持ちをどうしたらいいのかは、今でもよく分からない。
毎朝学校に行くと、ぼくはいつもあの子の視線を感じた。あの子はいつも友達と一緒で、下駄箱とか教室の前とかにいて、ぼくが通りかかる度にわざとらしくその友達があの子を冷やかしていた。あの子は恥ずかしそうにただうつむくだけで、ぼくも気付かないふりをするだけだった。

 毎年クラス替えがある度に、ぼくは教室の中にあの子の姿を探した。
でも、いつも遊んでる田中や仲本のバカ面は目に入っても、あの子の姿はどこにもなかった。先生たちはぼくの気持ちを知っててわざとクラスを分けてるんじゃないかって思ってたくらい、春はいつもいつもがっかりしてた。
そんなぼくが、六年間で一度だけあの子と同じクラスになった。五年生の時のことだ。
そのことを知った時の感情を、ぼくはどうしても思い出すことができない。あまりにうれしすぎて記憶が飛んでしまったのか。
いや違う。
同じ班になって隣の席に座る、というもっと大きな目標ができたから覚えてないんだ、きっと。
班の中では席は自由に動かせる。だから、同じ班になるのが第一目標なんだ。 班が変わるのは、長期の休みの後。つまり、一年に三回だ。班分けは、くじ引きで決まる。 生徒はみんなわいわい言いながら先生の用意したあみだくじの下に名前を書いていった。ぼくは既に書き終わってるあの子の名前を大急ぎで探した。その近くに自分の名前を書いたら席は離れてしまいそうな気がして、一番離れたところに名前を書いた。
結果、ぼくは三班であの子は六班。 一瞬がっかりしたけど、黒板をよく見て思い喜んだ。
教室の、前半分の左から一班、二班、三班、後ろ半分の左から四班、五班、六班と並ぶ。そう、位置関係からすると、ぼくの三班の真後ろはあの子のいる六班だったんだ。 ひと班は五人。二人づつ男女で組んで並ぶから、必ずひと班に一人は、他の班のひとと一緒に座ることになる。
チャンス到来だ。

 ぼくはその頃、学級委員か班長ばかりやってた。でも頭が特別よかったわけじゃない。みんなやりたがらないから仕方なく立候補してそのまま決まっちゃう、ってのを繰り返してるうちにだんだんぼくがそういうことをする、って環境が出来上がってしまっただけ。人よりちょっと目立ちたがり屋で、(今もだけど)ちょっとおせっかい焼きだっただけなんだ。
そんな性格だったから、班分けが決まってみんなが自分の机とイスを持って移動を始めた時に、ぼくは同じ班になった連中に二人づつ組むように仕向け、自分は目が悪くてだからこの位置が一番見やすいんだ、と自分の場所をすぐに確保した。
彼女がぼくの隣に来るのを期待して。
でもまあ、人生はそんなに思いどおりには進まない。なんて気付いたのはずっと後のことだけど。
あの子はぼくの二つ後ろに席を決めちゃった。しかししかし、人生には思いがけないことも起きるもので。これも気付いたのはずっと後のことだけど。

 それは図画工作の授業だった。
好きな者同士で、相手がリコーダーを吹いている絵を描きなさい、という課題が出された。みんなわあわあ言いながら二人一組になっていく。 たまたまものすごく仲いいもの同士がぼくの周りに揃ってたんだと思う。 ぼくの相手は田中で、隣ではあの子と牧村さんが残っていた。 その時、田中がふざけて牧村さんの顔を画用紙に描いておどけたのだ。そしてやつは、「消すのめんどくさい」と言ってそのまま牧村さんの顔を描き始めた。
ぼくの目の前には、あの子がいた。
ぼくはどうにもこうにも気持ちが落ち着かなくて先生に聞きに行った。「女子を描いてもいいですか?」って。先生は、なんでそんなこと聞くんだという顔で、いいよ、と言った。
先生がいいと言ったんだからな、描きたくて描くんじゃないんだからな、仕方ないんだからな…。
時々気が遠くなりそうになりながら、ぼくは黙々とあの子の絵を描いた。 二人ともまったく口をきかなくて、目も合わせなくて、だから描き上がったあの子の顔は、少し目が横を向いてた。

 『小さな恋のメロディー』という映画が好きなのは、男が多いと思う。 男はみんなヒロインに、自分の「あの子」を重ねる。
実はあれから、あの子と同じ中学に進んだ。そして一年生の終わりのバレンタインデーに、ぼくはあの子からチョコレートをもらった。あの子は顔を心配になるくらい真っ赤にして、ぼくの目も見ずに放課後の屋上でチョコレートを手渡してくれた。
でも、やっぱりぼくは何もできなかった。どうしたらいいのかほんとに分からなかったんだ。

 この映画を見終わって、「あの子」のことを想った。
そして、ごめん、とつぶやいた。
映画を見て切なくなっちゃったのは、主人公みたいに積極的だったらなあって後悔してしまったからなんだな。

2004.4.1 工房の主人


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