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『十五少女漂流記』

 麻巳子は考え無しだ。それは前から気づいてはいたけれど、実際に家に遊びに行くようになってみると、その限度の無さには改めて驚かされる。
「水道がさぁ、止まったんだよね」
いつだったか、麻巳子が言ったことがある。
「払いに行けばいいじゃない」
「めんどくさい」
またか、と思う。仕事はしているのだから払えないわけでもないのに、麻巳子はよく電気やガスを停める。携帯の料金も気にせずに放っておくから繋がらないことがよくある。そんな時、麻巳子は決まって言う。面倒くさいんだもん。いつも、それ。
確か引っ越したばかりの頃、彼女の家にはテレビも冷蔵庫もなく、電話も引いてなかったはずだ。その理由を訊いた時も同じ答えだったことを思い出した。アンテナを探して配線を繋ぐのが面倒。そもそもテレビも冷蔵庫も買いに行くのが億劫。電話はどうやって頼めばいいか判らないから要らないと言った。生活の不便とそれに伴う労力を秤にかけた時に「面倒」という一言でそれらの全てを放棄する麻巳子の思考を、さやかはまだ理解できずにいる。
そしてその時も、それまで何度となく繰り返して来た不毛ともいえる会話を始めなければならないのかと、さやかは憂鬱な気分になった。
「何が面倒なの? 支払いの通知を持って銀行でもどこでも行けばいいだけじゃない。コンビニでも払えるでしょう?」
「それが面倒なんだってば。通知の紙持って、お財布の中身を確かめて、車でコンビニまで行って払うんだよ? お金なかったら銀行にも寄らなきゃなんないじゃん」
それのどこが面倒なのかと思う。一人で暮らすなら当然誰もがしている普通のことなのに。
「それで今はどうしてるの」
「ん? 別に。止まったまんまだよ」
ビールのグラスを片手にあっけらかんと笑っている麻巳子を見ていると、さやかの方が落ち着かない気分になって来る。
「トイレは? お風呂はどうしてるの? 顔洗ったりもするんでしょう?」
「うん。だからね、ペットボトル持ってマンションの下の水道に水汲みに行ったりしてるんだ。サバイバルごっこ。都会の中の避難生活っていうの? あとは近所にある銭湯、全部制覇したりさ。どうせ家には帰って寝るだけだからあんまり困らないんだよね」
困るとか困らないとか、そういう問題ではないと思う。たかだか水道料金の支払いに行くことが面倒くさいという、麻巳子の生活能力のなさこそが問題なのだ、と。

 ずっと昔。そう、もう十年くらい前に連れて行かれた映画に、十五少女漂流記というのがあった。売り出す前の若いタレントばかりがたくさん出ていて、アジアの無人島に渡った少女たちの冒険を描いた映画だった。その中の誰かがお気に入りだとかで、当時付き合っていた彼に無理やり付き合わされた。多少ムッとしながらスクリーンを見ていたさやかは、泥だらけになった女の子たちよりも、その後ろに広がるきれいな映像だけをやけにはっきりと覚えている。
 でも、どうしてそんなことを思い出したんだろう…。
 自分でも不思議に思いながら、さやかは目の前の麻巳子に向かって言った。
「そのくらいちゃんとしなよ」
 そのさやかの言葉に、麻巳子はこんなふうに言い返して来た。
「あれ? さやちゃんそんなこと言っていいのぉ? 自分だってこないだ仕事辞めたばっかのくせに」
痛いところを突いて来た。好き嫌いが激しい割に体の弱いさやかは、予定外の残業などがあるとどうしても我慢できず、つい「契約が違う」ともめてしまうことが多かった。許容できる範囲がはっきりしてる。それは自分でも判っているし、それでいいと思っている。
 だからつい最近もそれまで続けていた会社を辞めた。自分が提出した調査書を他人の名前で発表された。さやかが契約社員だから、というのがその理由だった。許せないと思った。だからその場で事務所を飛び出し、以来日払いのバイトのような仕事で生活している。
「私はね、麻巳子みたいに仕事するようにはできてないの」
「うわ、それってひどくない? まるで私がそれしか能がないみたいじゃん」
「だってそうでしょうが。水道代も払えないくせに」
「あ、そっか。それもそうだね」
こんなお気楽で、目の前のことしか考えない子がよく仕事を続けられるものだと思う。
そんなんでよく仕事が続くね、と呆れるさやかに、麻巳子はそれとこれとは別だと笑った。
「仕事辞めたら暇でしょうがないからさぁ…」
それが仕事を続けている理由。生活のためというわけでもなく、何か目指しているものがあるわけでもない。ただ、ヒマだから。
 電気が止まったらどうするの? ろうそくの火で本くらい読めるよ。ガスは?卓上コンロでコーヒーくらい入れられるでしょ?
 そんなふうに言い返す麻巳子に、たとえ本当にそうなったとしても、この子ならなんとか生きのびてしまうような気もする。けれどさやかには目先のことにしか興味のない麻巳子がどうにも歯がゆかった。

 けれどそんな麻巳子のサバイバル生活は、ある日突然終わりを告げた。
「そろそろやばいかなって思って外にあるバルブ捻ったら水、出たんだよ。だからそのままずっと使ってたら水道局がすっ飛んで来た」
払いに行かなくても向こうから来てくれたよ。さやちゃん、人間やってみるもんだねぇ。
電話の向こうで大笑いしているお気楽な麻巳子に、さやかは呆れて何も言えずにため息をついた。そして、あの映画の中の女の子たちの方がよっぽど懸命で真剣だったとふと思う。少なくとも彼女たちは、真剣にサバイバルというのをやっていた。そう考えると、さやかは前は気に入らなかったヒロインたちのことも、なんとなく可愛く思えて来るのだった。

2003.4.12. 水無月朋子



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