ホーム映画にまつわるものがたり『か〜こ』 >『K−9 友情に輝く星』

『K−9 友情に輝く星』

 高梨は猫を飼っている。自分だけの価値で猫だと呼べるものを。
それまで高梨はモモという名の黒と茶と白の三毛猫を飼っていた。正真正銘「猫属猫科」に属し、少しばかり太り過ぎてはいたけれど、両手で抱えて持ち上げられるサイズの老猫だった。
そのモモが天寿を全うし、老衰で神に召された時、高梨は別の猫を手元に置くことをすでに考えていた。
猫のいる生活に慣れてしまうと、それなくしてはいられなくなる。なぜだろう、と思うこともあった。
だって彼らは何もしない。気まぐれに食べ、気まぐれに近づき、けれど一日の大半を居眠りすることに費やしていながら、それでもなお「居るだけ」で愛される存在なのだ。
 そういえば誰かが、宇宙人が外から地球を見たら、この惑星の『王』は猫だと言うだろう、と言っていたのを聞いたような気がする。
 確かに何もせず、知的生命体である人間を、まるで下僕のように従えている飼い猫たちは、猫族の中でも選ばれた種族のように見えるかも知れない。
 それに地球の表面積とのバランスを考えると、猫のサイズが一番合っているというのも、何かのテレビ番組で見たような気がする。
 その時にどこかの大学の偉い教授だという人が、人間という生き物は大きくなり過ぎた家畜のようなものであるとしたり顔で言っていた理論も、あながち間違ってはいないのではないかと思うのだ。
ともかく、そんなふうに高梨はモモの代わりを探していた。
そんな高梨に、彼の数少ない友人の一人が笑いながら言ったのだ。
「おまえってK‐9って映画の中のやつみたいな」
 その映画を観ていなかった高梨は、どういう意味だよ、と訊き返した。
「人間嫌いでさ、犬とチームを組むんだよ。いっつも家にこもって猫と顔つき合わせてるおまえみたいじゃない?」
その時、高梨はあいまいに首をふって話を受け流したはずだ。
 人付き合いが苦手で、フリーランスのデザイナーという仕事柄、家にいることの多い自分を皮肉られたような気がした。けれどもそれすらもどうでもいいような気がしていた。
 実際、人間は苦手だった。言葉があるからこそ、そこに裏と表があって、愛想笑いやお世辞などとという、眼に見えない言語まで含めると、いったいこの生き物は何なんだろうとうんざりした。
 けれど、それから何日もしないうちに彼女が現れた。
 真帆という名の彼女は、近所のコンビニでバイトをしていた子だった。モモを亡くしたばかりだった高梨の目には、真帆の、ところどころムラになった金茶色の髪と、大きな瞳がモモを思い出させた。もちろんモモの方が少しばかり太りすぎていたけれど。
そんなふうに彼女とは何度か顔を合わせたけれど、必要以上に話をしたわけではなかった。
その真帆が、夜の駅前でずぶ濡れになっていた。まったく知らない相手でもなかったこともあって、ふと声をかけた高梨に彼女は言ったのだ。
「住んでた所を出て来ちゃって。毛布だけあればいいんで、今夜だけ泊めてもらえません?」
 大きな眼を見開いて自分を見上げる彼女の様子は、いつかモモが自分の家に迷い込んで来た夜を思い出させた。ある雨の夜、ベランダを明けた高梨の足元にモモはいた。そして金色に光る大きな瞳でじっと高梨を見つめていたのだ。
高梨はかつてモモにしたのと同じように、彼女を自分の部屋に泊めた。深い関わりを持つ気など毛頭なかった。けれど、高梨の予想以上に、真帆は猫科の生き物だったのだ。
 その夜、言われるままに毛布を手渡した高梨の意に反して、真帆はさも当然のように高梨のベッドにもぐり込んで来た。あっちで寝ろよ、と言うと、きょとんとした眼で首を傾げる。なんで?こっちの方があったかいのに。
そんな彼女に溜息をついて、同じベッドで眠ることを許した。それ以来、真帆はこの部屋に住みついた。
彼女は時おり、何日か帰ってこない時があり、ひょっこり帰ってくると、その間に起きたことをさも何でもないことのように話すのだ。
 彼女は言う。お金なんかなくても、駅前に立っていれば誰かが行きたいところへ連れて行ってくれるし、おなかが空いてたらごはんを食べさせてくれるよ。
 その代わりに何を?とは聞かなかった。きっと彼女にとって「そういうこと」とは、気まぐれに頬をすり寄せる程度のことでしかないのだろう。そう、まるでモモがそうだったように。
始めの頃は、そんな彼女の行動をたしなめようとしたこともある。けれどそれすらもどこ吹く風といった様子で、自分の作った粗末な食事をおいしそうに食べる彼女を見ていると、高梨の方もどうでもいいような気にさせられてしまうのだ。
人間のモラルは通用しない。なぜなら彼女は「猫」であり、それ以上でも、それ以下でもないのだから。だからこそ人付き合いが苦手な自分でもこんなふうにやって行けるのかもしれない。
そう思った高梨は、いつ帰って来るかも判らない真帆のために食事の支度をしようと立ち上がる。
そういえばもう、3日も帰って来ていない。外は雨だ。彼女は今夜の寝床を見つけたのだろうか。
高梨はカーテンを開け、暗い空を見上げ、誰かが言っていた一言をふと思い出した。
 もし誰かが空の上からこの星を見ているのだとしたら、今の自分はきっと、何もしない相手にかしずく下僕のように見えることだろう。けれどこんな珍種の猫を手元に置くのも悪くないと、ガラスに映る自分の顔を見ながら、少しばかり自嘲気味に笑った。

2003.11.7. 水無月朋子



映画工房カルフのように 【http://www.karufu.org/】
All rights reserved ©2001.5.5 Shuichi Orikawa
as_karufu@hotmail.com

ホーム映画にまつわるものがたり『か〜こ』 >『K−9 友情に輝く星』