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『Clean』


 つい先日、友達のロサがウチに来た時、「『クリーン』って映画知ってる?この間、観に行ってきたよ。マギー・チェンが舞台挨拶に来るかもってフレッドが言うからカメラ持って行ったのに、結局監督しか来てなくって残念だったわ。あたし、マギー・チェンの昔からのファンでね。」と映画の話を始めた。ロサと向かい合って座っているわたしの耳に、香港女優の出ている映画の話はサッと通り過ぎ、わたしの目には彼女が見につけている金属性のネックレスだけが気になった。いつものと違う、大振りな彼女のネックレス。  
 その映画のことは知らなかったけれど、雑誌の表紙に大きくアジア人女優の横顔が載っていたのを見ていたので、すぐ彼女のことだとわかった。そうか、あのきれいな女優さんの出てる映画なのか。  

 今日、夫が「今夜映画にでも行く?」と言うので、あまり良い映画も無いこのごろ、結局『クリーン』を見に行くことに。
 映画の内容は、ヤク中の女性が息子と会うためにヤクを止めてまっとうな仕事をはじめようとする話。どこかロサの身の上とダブるような気がして、映画を見る前からどうしてもそのことが気にかかっていた。

 ロサは、わたしがパリに来て語学学校へ行き始めた時に最初に出来た友達。香港出身の彼女は英国の教育を受けたことに誇りを持ち、自分が「中国の国籍」を持つことを恥じている。毎回書類を作る度に「国籍記入欄」に「中国人」と書かねばならない自分の運命を恨めしく思っていると言う。彼女は2度離婚し、フランス人に求婚され、それを受け入れてフランスに来た。彼女は自分の夫のことを「メ同居人モよ」と笑い飛ばす。生い立ちから今に至るまで、流浪の人といった感じの彼女。そんな彼女は息子と娘を香港に残して来ているので、時折子供たちのことをわたしに話す。特に、まだ幼い男の子のことを。彼女は息子がかわいくて仕方が無い。息子はいつも太陽のように微笑んでいるから、と。そんな子を置いて遠く欧州に来なければならなかった彼女。  

 暗闇の中、映画は淡々と進んでいった。ヤク中の女性の話だからもっと激しい部分もあるかと思ったけれど、どちらかというと、けだるい雰囲気とやるせない悲しみに満ちていた。そして、そんな雰囲気が、ロサがわたしには見せない部分なのではないかと、ふと思った。  
 映画の中で、ヤク中だった女性は麻薬を止めて、息子に会う。でも、まだ息子と暮しはじめることはできない。女性は息子と英語で話し、パリの友達とはフランス語で話し、中華料理店で働いている時は中国語を話していた。どうも頭の中でロサとだぶってしまう。彼女とロサの大きく違う点は、ロサが強い中国語訛りを持っていることだろうか。ロサは絶対に認めたくないらしいが、彼女の体には中国の文化が染み込んでいるのだった。それは、どんなに練習しても取り除けない彼女の中国語訛りが証明している。しかしマギー・チェンは立派にフランス語で演じていた。

 ロサはフランス国籍を取得するため申請している。「中国人」と書きたくないから。香港は一都市であり、国には成り得ないと彼女は言う。英国のパスポートを持っていた彼女だが、その有効期限はもう切れてしまった。もう、英国人とは言えないのだ。だから彼女はフランス人になろうとしている。「中国人でいるより、フランス人でいるほうがメリットが多いからね。」簡単そうに言う彼女。  
 彼女はかわいい息子をパリへ呼び寄せるために、ホテルのメイドとして働いている。息子に寝室を用意できるよう、市営住宅への申し込みもしている。彼女にはあまり時間的余裕が無い。息子が大きくなる前に呼び寄せたいからだ。小さいうちならフランス語の環境にも早くなじめるから。  

 映画を見ていて、どうしても気になった、マギー・チェンのネックレス。どうも、あの日ロサが身につけていたあのネックレスに見えてならない。  
 映画は、吐息のように終わっていった。結局監督は何が言いたかったのだろうか。頬にわずかに当たる微風のような感覚だけが、わたしの心の中に残っていた。

2004.9.8. ジョリ



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