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『カリートの道』

 えりりんには、2回目のデートで告白した。
渋谷の東急で映画を見て、くじらやで数年ぶりの鯨を食べて、すぐそばにあったカラオケに入った。
えりりんが見たいと言った映画だったし、えりりんには鯨が久しぶりだったからだし、えりりんが歌いたいと言ったからだった。
十八番の槙原敬之の『北風』を歌って、サビの部分で歌うの止めて、左側に座ってたえりりんに、つき合ってほしいんだ、と言った。

 初めて二人きりで会った時、ニックネームで呼び合おうよ、とえりりんは言ったのだ。彼女は「えりりん」になり、僕は「いっちー」になった。
その前の2年間、延々とフラれ続けてた僕はどうすればいいのだろうと考えた。
人からは基本的に好かれる。しかしどうしても惚れられないことに納得がいかなかった。
姿かたちは変えられない。じゃあどうしても、やり方や雰囲気を変えていくしかなかった。
いつもいつも、好きな人とは友だちになってしまっていた。
じゃあ友だちになる前になんとかしないといけないのではないか。
その『なんとかする』にはどうしたらいいのだろうか。
みんな、どうやって『なんとか』しているのだろうか。

 初めてのデートで、新宿のビルの最上階にある展望室に行った。
僕らはとにかく、出会った瞬間から話題が尽きなかった。展望室までのエレベーターの中も、展望室に着いてからも、ずっと相手を見て話をしていた。
外の景色なんかどうでもよくて、周りにいるカップル達もどうでもよくて、僕の視界には、えりりんしかいなかった。えりりんも大きな目を開いて、僕を見続けていてくれた。
彼女の瞳は少しうるんでいて、きらきらと輝いていた。少なくとも、僕には光り輝いて見えた。
結局、そろそろ帰ろうか、という話になったのは11時半だった。
ふと、こんな時他の男は自分とは違う行動をとるのかもしれないな、と思ったが、でもまあいいや、と思った。今日のこの感触に、早く一人になってひたりたかったのだ。
 JRの入り口で、僕らは立ち止まった。
「私ね、ちょっと病気がちなの。」
何を言い出すんだろう、と僕は身構えた。
「しばらく楽しいことが何もなかったのね。だけど…」
えりりんはこぼれそうな微笑みで言った。
「いっちーに会えて、今日ほんっとに楽しかった!」
僕の周りに色とりどりのバラが咲き乱れ、教会の鐘が鳴り響き、小さな天使が飛びまわった。
街行く人々は立ち止まり拍手喝采し、車という車は祝砲を上げ、夜のネオンは僕らを照らした。
その夜、僕は世界一の幸せ者だった。
『なんとか』するために、僕はすぐに告白することにした。

 1週間後に会った時、えりりんの顔は少し青ざめていた。
口数も少なく、それは病気のせいなの、とえりりんは言った。朝から体調悪くて…。
映画を見た後、少し元気になった彼女と鯨を食べ、カラオケで歌って告白したのだ。
返事は…
うれしい。うれしいけど、もうちょっと友達として付き合いたい。
あああ、と思った。いつもの、今まで何回も何回も聞いてきた言葉だった。
でも、と思った。
えりりんは、ほんとにうれしそうだった。その証拠に、また来週も会いたい、と彼女の方から言ってくれたのだ。
混んだ井の頭線に乗り、来週のデートのことを話した。どこで会うか、何時に会うか。
明大前でお別れだった。僕は左手を肩まであげた。えりりんも、左手を肩まであげて、すれ違いざま、ぴたっと僕の手のひらに彼女の手のひらを重ねた。
悲しいかな、僕はまた、世界一の幸せ者だったのだ。

 次の日から、僕は週に一度、えりりんにポストカードを書いた。
その日にあった面白いことや、映画の話。
彼女が顔全体で僕に微笑んでくれた時に、僕が話していたような内容を。
このカードを読んだえりりんが、離れたところで微笑んでくれればいいな、と思った。
書いたからどうなる、ということは考えないようにした。
どうにかしてかっこよくなれないものか、と思った。好きな女の子に好かれるような男に。
でも、僕には書くしかないんだ。こんなことしかできないんだ…。

 世の中には、どんどん恋人を作る者もいれば自分のように愚鈍にフラれ続ける者もいる。
告白した帰り道、頭のどこかで、フラれたんだよ、という声がしていて、でもそれを打ち消す声を僕は信じた。僕は火照った頭で、レンタルビデオ屋に行った。
何か、とてつもなく悲しい映画か、どうしようもなく切ない映画が見たいと思った。
手にしたのが、『カリートの道』だった。
アル・パチーノの名前は知っていたが、今まであまり興味はなかった。パッケージについていた、「運命に逆らえない男の哀しい目が印象的である」のコピーを見て、迷わずレジに持って行ってしまったのだ。

 元マフィアのカリートは、刑務所を出てからはまともに生きようと決意する。しかし彼の周りがそうはさせない。どんなに断っても、逃げても、彼は自分の宿命から逃げられないのだ。
人には、結局その人が避けられない生き方、道みたいなものがあるのだ。
カリートにはそういう生き方しか選べなかったのだ。
仕方ないんだ。
僕は切手を舌で濡らして、はがきに貼った。
そして次は何を書こうかと、考えた。

2003.5.20. 工房の主人



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