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俺たちは天使じゃない


「あの野郎、ふざけやがって…」  
 勇吉は新宿駅の改札を入る。切符は改札機に吸い込まれ、自分が歩くよりも早く前方に頭を出す。
絶対にミスをしないであろうその機械を見てまた腹が立ってきた。
勇吉は運送会社の仕分けのバイトを辞めたところだった。
そのバイトを始めたばかりの頃、勇吉は住所の読み間違いをした。「君ねえ…」バイトの指導担当の二瓶という男があからさまにバカにした表情をした。
以来、二瓶は何かあるとすぐ、勇吉がやったんだろうとネチネチ小言を言うようになった。
眼鏡をかけて神経質そうな大学生がいて、勇吉のミスをいちいち二瓶に報告しているのも、勇吉は知っていた。

その日、勇吉はその大学生と隣り合わせになりながら作業をしていた。
福島県行きの小包を福岡県のかごに入れてしまい、間違いに気付いた勇吉は慌ててそれを拾い上げた。
大学生は横目でじっとそれを見ていて、ふ、と鼻で笑った。
次の瞬間、大学生は小包の中にうずくまっていた。勇吉が思いっきり横顔を殴りつけたのだ。
くそう…。
そのまま勇吉は二瓶の席に向った。彼は事務所の中で漫画雑誌を読みながらケケケ、と笑っていた。勇吉は彼のイスをくるりと自分の方にまわし、座ったままの男の驚いた顔を真正面から殴りつけた。

28歳。もうこんなことを繰り返している年齢じゃないのは分かっている。分かっているからこそ、こんなにイラついてんだ。
俺は何をやってもダメなのか。誰も俺なんか必要としてないのか。
新宿駅の混雑したホームで、勇吉は2メートルほど前方の地面をにらめつけながら歩いた。

平日の夕方だったが、駅のホームは人で溢れていた。その中を、勇吉の前方から走ってきたサラリーマンがいた。
彼はかなり急いでいるようだった。人込みをかき分け、勇吉のそばを歩いていた杖をついた女性を跳ね飛ばし、そしてそのまま走り去った。
杖をついた女性はその場に倒れ、持っていたハンドバックを落とした。彼女は目が全く見えないようだった。通りかかった若い女の子がハンドバックを拾い上げ、女性にそれを手渡し、そのまま女の子は歩き去った。
一瞬の出来事だった。

「ありがとうございます。ありがとうございます。」  
 自力で起き上がったその女性がしきりに礼を言っている相手が自分だと気付いた時、勇吉はとまどった。
俺じゃねえ…
勇吉は辺りを見渡した。誰も、自分達に注意を払っていないようだった。
女性は小刻みに何度も頭を下げ、「ありがとうございます。」を繰り返した。
勇吉はその場を離れて歩き出した。

何だか変な気持ちだった。いつぶりだろう、人から礼なんて言われたのは…。
勇吉はくるりときびすを返した。ホームは人でごった返し、でもやがて、勇吉はその女性の背中を見つけた。
彼女はゆっくりと前に進んでいた。
どんな人生を送ってきたんだろう。いつから目が見えないんだろうか。女性の後を付けながら、勇吉は考えた。
足取りが危なっかしい。小さい頃からずっと見えなかったんではないな。事故だろうか。ああやって、いつもいつも他人にお礼を言い、頭を下げて生きてるんだ。
女性は階段の下に来た。これから登ろうとした瞬間、上から人がどっと下りてきた。
勇吉は走って彼女のすぐ前に立ち、下りてくる人間達にガンを飛ばした。

金曜の夕方はどいつもこいつも出歩いてんだ。家にこもってろよ。危ねーだろ。
彼女が無事に改札を出るのを見届けたところで勇吉はふと我に返り、何だか恥ずかしくなって、ぺ!とつばを吐いた。
そして勇吉はおかしくなった。昔見た映画を思い出したのだ。

それは数年前、夜勤を終えて帰ってきた時にたまたまやっていた、テレビの深夜映画。すぐ寝るつもりだったのに物語に引き込まれ、結局最後まで見てしまった映画だった。
タイトルは『俺たちは天使じゃない』。
脱獄した悪人2人が町で神父に勘違いされ、そのまま神父のフリを続けるというコメディーだ。バレそうになりながらも神父になりすまし、やがて本当に人々の信頼を得ていく。ロバート・デ・ニーロとショーン・ペン主演で、後で知ったことだが、それはリメイク版だった。
映画がラストシーンを迎えた時、勇吉はショーン・ペンの澄んだ瞳に鳥肌が立っていたのだ。

なんだよ、
と祐吉は思った。
今の俺は、あの時のショーン・ペンと一緒じゃねえかよ…。
ふふ。
勇吉は歯を食いしばるような表情で空を見上げた。愉快なくらい青い空で、それを見てさらにおかしくなった。
ふふふ…。
勇吉はその場でしばらく笑った。

2004.6.23 工房の主人

 


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