まりあの毎日は、コンクリートの感触と、四角く切り取られた空の高さで行き止まりになる。
生徒指導室に呼び出された昼休み、教室に帰る気にもなれなくて、まりあは屋上の手すりにもたれていた。
初夏の風がスカートのすそを揺らして通り過ぎる。それが制服の規定から外れているという理由で、昨日も職員室に招待された。
「うちの学校の制服の規定は?」
いつも竹刀を離さない体育教師が、じろりとまりあを睨みながら言う。
「指定のブレザー、スカート、ブラウスは淡色無地」
「ただし、高校生らしい良識のあるものとする、というのが付け加えられている」
「それで…?」
「その髪とスカート、明日までになんとかして来い」
議論したってしょうがない。まりあは溜め息をひとつつくと、そこを出た。
屋上から見下ろすクリーム色の校舎はアウシュヴィッツの収容所みたいだ。みんな同じ服を着て、同じ表情で、同じ不満を抱えている。
息をひそめるようにして過ごす3年間。
―看守と囚人に分かれたのが原因だって言うなら、そんなのどこにでも転がっているじゃん…―
ビデオ屋で見た映画の予告を思い出す。
大人は、まりあの世界の番人だ。
そして、意味のない権力を振りかざす。
ただ、大人だというだけで。
大人は、親は、教師は。
大人だってマナーが悪い。混んだ電車の席で、大股開きで寝ていたりする。お年寄りが目の前に立っていたって知らん顔。ともすれば、どさくさ紛れにまりあに触ろうとしたりもする。声を上げたって、まるで悪いのはまりあの方だと言わんばかりの目つきで睨みつける。ただ、大人だというだけで。
教師だって同じだ。さっきの体育教師だって、クラスでかわいいと評判の子には言葉が優しくなったりして、時には媚を売るような目つきをするのをまりあは見逃さない。
親だってそう。まりあにはむだ使いするなだの、お化粧なんてまだ早いだの、あれこれうるさいことを言うくせに、ママはパに内緒で高い化粧品を買っていたりする。パパだって、女の人からよく電話がかかって来る。会社の人なんてウソ。絶対に違うってことを、まりあだけは知っている。
そう思うと、大人っていったい何なんだろうと思う。
大人だからという理由だけで許されることがどれほど多いことか。
大人の言うことがどれほどバカバカしくて、嘘ばかりがあふれているか。
それに気づいてしまってから、まりあは醒めた目で自分の置かれた世界を見るようになった。
―家出、しちゃおうかな。―
ふと思った。
お金ならどうにでもなるし、ここにいるよりはよっぽどマシかもしれない。だけど、ふと思い直す。
―どこに行ったって同じじゃない。―
まりあが未成年である以上、どこに行ったって大人という看守は眼を光らせている。
不祥事ばかり起こしてるくせに、警察は、警察だというだけでまりあを補導する権利を持っている。
去年の夏、一度だけ、補導されたことがあった。夏休みで、みんなといるのが楽しくて、少しだけ家に帰るのが遅くなった。気がつけば真夜中に近くて、まずいな…と思ってる時にセンター街で腕をつかまれた。
学校に連絡するよ、とほのめかしながらまりあを引っ張って行ったのは、中年と若い男の警察官だった。
おじさんはどうせ公務員で、家に帰ったらうるさい奥さんと子供がいるのかもしれない。隠れてこそこそキャバクラなんて行ってるのかも知れない。若い男の方だって怪しいもんだ。押収したアダルトビデオを横目でちらちら見てたっけ。
ああ、それに。少年課だって言ってた婦警は見るからにオールドミスで、まりあに対する敵意をあからさまに浮かべていた。
それでも、その人たちは警察という権力を振りかざして、未成年のまりあを押しつぶそうとする。
どこに行ったって、そんな人種がうようよしてる。
2週間という期限も、逃げ出せる檻もない。
だったら、こっちにはこっちの考えがある。
自分たちのことしか考えてないような大人たちをうまく使えばいい。
もう少し。あと少し。
大人という許可証をもらって、ここから解放されるまで。未成年であることを利用すればいい。
だって、まりあにはまりあの世界がある。
まりあが看守になれる世界がある。
だからまりあは、携帯のボタンを押す。
囚人から看守になれる場所。
そこでは、囚人になりたがっている頭の悪い大人たちが、今日もまりあが来るのを待っている―。
2004.3.19. 水無月朋子
|