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「Fabuleux destin d'Amelie Poulain(アメリー・プーランの空想的な運命)」
アメリ』(邦題)


2001年4月15日、午前6時30分、パリ、ド・ゴール空港。スーツケースが出てくるのを待つ。
朝一番の到着便だったので、やたら時間がかかる。ぐるぐる、ぐるぐる‥30分以上も待つ。

午前7時15分、ようやく到着ゲートにたどり着く。しかしそこに彼の姿は無い。
わたしが来るのが遅れたから、もう帰ってしまったのか。それとも彼は最初から迎えに来るつもりなど無かったのか。
15分ほど浮かない顔して待った後、さてこれからどうするか、と頭が動き始める。とりあえずパリ市内に出てホテル探しからか?わずか2週間の旅なので一人でもなんとかなる。そう思いつつも、空港の到着ゲートを出たところでわたしはポツンと途方に暮れていた。わたしの周りでは、もうほとんどの人が出迎えられ歓迎のキスを受け、それぞれの行く場所へと去っていっていた。

そうしているうち、向こうから青ざめた顔をした男性が息を切らせながら両手を広げてやってきた。 「I'm sorry, there was a traffic jam on the motor way...」などと言っている。そしてギュッと抱きしめられ、危うくホッペにキスされるところだったので、ちょっと除けてみた。
そう、この人が、後にわたしの夫となる人である。

結局わたしは30分近く到着ゲートの前で待っていたことになる。普通、迎えの人は早めに来るものなので、迎えを30分近く待つということはかなりのものだとわたしは思う。そして彼もそう思っているらしく、ひたすら謝ってくる。
どうやら彼は、わたしの到着の1時間前には空港に着けるよう家を出たらしいのだけど、来る道すがら渋滞に巻き込まれて大変だったらしい。青ざめていたのは、わたしが怒って一人でどこかへ行ってしまったんじゃないかと心配でたまらなかったかららしい。

それから車で彼の住むパリ市内のアパートへと向かう。
4月だというのに、パリの朝は信じられないくらい寒い。車のキーは他の鍵と一緒くたになって山のようなキーホルダーの塊の中に埋まっていて、彼がそれをより分けながら車のキーを引っ張り出している姿がまるで「牢屋の番人」のようで面白かった。キーホルダーは沢山あり、中でもひときわ大きいのが、死んで羽をむしられた鶏のオモチャのキーホルダー。それが、車が揺れるたびに運転席の脇でゆらゆら。
彼が急に声を上げた。
「あ、今、信号オレンジ?緑?」
 なんだなんだ?オレンジとはなんだ?‥緑は、青信号?
彼は軽く言った、「僕、色弱なんだよ。」
えぇえええーー!!!この人、信号の色もわからず運転してるの?一瞬冷や汗。
彼の言い訳によると、つまり、疲れていたりすると色の判別能力が落ちるらしく、一瞬混乱するんだと。でも信号は位置で覚えているから、普段なら間違えることは無いんだと。ただ、今は慣れない英語で会話中だから‥と。彼も普段は英語じゃなくてフランス語で話してるんだということにようやく気が付いた。
寒かった体が、緊張と弛緩によって一瞬暖まったように思えた。

これがわたしたちの初めての出会い。思えば最初から驚きと冷や汗だった。

滞在中、毎日のようにアベス通りやルピック通りで買い物をしていたわたしに彼は「今ちょうど、ウチのあたりで撮影した映画をやってるんだよ」と言う。字幕ナシのフランス語の映画だけど、勇気を出して彼と一緒に観に行ってみた。
その映画のタイトルは「Fabuleux destin d'Amelie Poulain」、この映画の主人公アメリーは、わたしが毎日歩いている道の近くに住んでいる。映画の中の世界がまさにわたしの生活圏‥こんな錯覚に陥ったのは初めて。画面を見つめながら、映画の中に自分も住んでいるような気分になっていった。そして主人公アメリーが最後にすてきな恋の花を開かせる。そこに自分を重ねてもみた。
映画の中で聞こえてきた音楽は、アコーデオン、オモチャのピアノ。とてもノスタルジックな音。夢と現実の境界線さえ危うくなってくる。

このわずか2週間ほどの旅が、わたしの人生を変えるのだと思った。しかしこれは果して空想なのか、それとも正真正銘の現実なのか‥。
滞在中ずっと英語での会話。場所はパリ。周囲から聞こえてくるのはフランス語。これが物語の一部じゃないと言い切れる唯一の理由は、「わたし自身が主人公だから」だろうか。そんなことはありえない。これは映画じゃなくって、ただの現実‥ホンモノのわたしの人生の一部‥。

2001年4月15日、午前6時30分、パリ、ド・ゴール空港付近。
一人の男性が渋滞に巻き込まれる。車の中で青白い顔をしてイライラしている彼とは対照的に、隣の車ではディスコ帰りの若者たちがカーステレオから大きな音で音楽流して路上で踊っている。

午前7時15分、ようやく車の群れが動き出す。ほどなく空港へ到着。男性は急いで階段をかけ上がる。

午前7時45分、パリ、ド・ゴール空港到着ゲート前にて、一人の男性が息を切らせて駆けつけ、一人の女性と出会う。
そしてその男性は、運命の雷に打たれる‥‥。

2004.10.22 ジョリ

 


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