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vol.6 ジャンヌダルク」〜”狂気か聖性か

le 17 août 2004

 数年前のことだけど、日本でリュック・ベッソン監督の「ジャンヌダルク」を観 た。ジャンヌダルクの生涯についてはほとんど知らなかったので、興味が先に立った のと、そしてちょうどその頃にジャンヌダルクがバチカンで正式に“聖人”として認 められたこともあって気になっていたから、映画館へ足を運びました。
バチカンで正式に“聖人”とされたということはつまり、「彼女は本当に神のお 告げを聞いたのだ」と公式に認められたということ。それまでの数百年もの間は、彼 女は“気が狂っていただけなのかもしれない”と言われたり、魔女として扱われてい たり。それが、彼女の話を信じるか信じないかで、彼女は聖人にも狂人にもなり得 る。「神の声」って、一体なんなんだろう。

 わたしは中世ヨーロッパの風俗が好きなので、甲冑やらお城なんかを見るだけで もけっこう嬉しくなってくる。だから、話の内容など抜きにしても、ただ画面を見て るだけで嬉しい。当時の衣装とか小道具とかがうまく再現されてるのを見ていると、 タイムスリップして昔に行きたくなってくる。でも、この映画は「争い」の映画だか ら、初っ端からかなりキビシイ画面が出てくる。しかも生々しい…。ジャンヌのお姉 さんが腹を刺された挙句に、死んだ後でレイプされる。それを、戸棚の後ろから覗き 見るジャンヌ。これが事実だったのか、それとも単なる創作なのかは別としても、戦 争とは常に残酷なもの。平和な時代の日本に生まれたわたしたちにとって、こういう ことは実際に目にしない限り、実感としては伝わってこない。この最初の衝撃的な シーンで、わたしは、女性としてかなりショックを受け、気持ちが悪くなってきた。

 その後のジャンヌが神の存在について深く深く考えるようになったとしても不思 議は無いと思う。だって、家族みんなが残酷に殺されて、でも神様は助けてもくれな かったわけだから、それは一体どういうことなのか、子供ながらに気になるはず。想 像力豊かな子供の時代にそんなことばかり考えていたら、妄想の世界に飛躍したとし ても、それは当然のことだと思う。だから、ジャンヌが神の声を聞いたなどというこ とは単なる彼女の妄想で、実際は気が狂っていたのだとする人の気持ちもわからなく もない。

 さて、映画の中で、ジャンヌは「国を救え」という神のお告げを聞きます。ジャ ンヌはその神の意思を告げるために、後のフランス国王となるべく人に会いに、シノ ンという小さな町のお城へ行く。そしてそこの城主(これが後のフランス国王)に、 国を救うために戦わなければならないので兵を貸してくれと求める。(シノンの城主 が戴冠してフランス国王になるために、ランスの町の奪還が必要だったから。当時、 ランスの町は英軍に占拠されていた。)
  が、ここでわたしは疑問に思った。戦う相手はイギリス人。しかし民族は違うと いえども、同じ人間。人間が人間を殺すことが、果たして神のお告げなのか?国の平 和を守るために人の命を奪うことが神の意思なのか?
  ジャンヌはただただ、それを神の意思だと信じて、兵を率いて戦う。戦いのこと など何も知らない小娘に、戦略を考えるなんてことはもちろんできないので、ただ単 に「わたしに続け!」と叫んで兵を前進させるだけ。当時の武器といえば、「槍、 刀、弓矢」「投石器」「熱い油を落とす」などの原始的ともいえるレベルのもの。兵 士たちが刀で切り刻まれ、血にまみれるスクリーン。ジャンヌの顔も、血しぶきで赤 黒くなっていく。
  死んだ兵士の歯を砕いて抜き取り、歯の抜けた自分の口に差し込もうとしている フランス兵に向けて「何をしてるの!?」と言うジャンヌ。しかし、兵士はなにくわ ぬ顔をしている。戦いとは、略奪でもあるのだから。そしてそれは、ジャンヌが幼 かった頃に家族を殺された時とまさしく同じ光景。

 この映画を観ている限り、ジャンヌダルクが神の声を聞いたということは、疑わ しく思えてくる。しかし、彼女は今や「聖人」となった。バチカンは、何を根拠に彼 女を聖人と認めたのだろうか。100年戦争を終らせた英雄だから?しかし…神が 「人を殺すこと」を望んでいたとでも言うのだろうか?

 結果的に多数の死者をも出すことになった戦い。そしてジャンヌは「本当にこれ が神のご意思なのか?」と考え出す。実際、映画の中でジャンヌは権力者たちにいい ように利用され続けていた。神の意思のために働いたつもりが、最後にはイギリス軍 に売り渡され、狂人・魔女として火あぶりにされてしまう。
  当時、こうしていとも簡単に裁判が行われ、たくさんの無実の人が無残に殺され ていたらしい。今でももちろん、判決を下すということは大変な作業で、難しいもの だと思う。けれど昔は「あいつは魔女だ!」と言われ始めると、結局殺されてしま う。魔女であるという証拠が無くても殺されてしまうけど、魔女ではない証拠を出せ と言われても、そんなの出せるはずがない。結局、殺してオワリ。神様は一体どこに いるというのでしょうか。神様なんて、本当にいるのでしょうか。
  いるのかどうかもわからない「神様」の意思だといって、戦争で沢山の人を殺し ただなんて。たとえそれが国の勝利をもたらしたとしても、死んだ人は数知れず…。

 2時間もある長い映画を観て、わたしは映画中ずっと胃が痛い思いをしていた。 リアルに描かれていた戦いのシーンも、そして、ジャンヌが殺されるに至る経緯も、 わたしの心にはずっしりと重かった。「殺されること」について、いろいろ考えさせ られた。
  こんな映画を観た後、映画館を出ていつもの街の風景を目にし、一瞬、いったい どちらが現実なのかわからないほど頭が混乱してしまう。(ほんの一瞬、ね。)そん なにまで映画の世界に入り込まなくても…って自分で自分にツッコミたくなってしま う。

(追記)
  映画を観てから数年後、思いもかけずジャンヌダルクゆかりの地「シノン」の町 を訪れた。単なる旅行先のシノンが、実はジャンヌダルクが神のお告げを城主に伝え たという場所であったと、現地に行ってから知ってちょっとビックリ。町の小さな広 場に格段と大きなジャンヌダルクの像があったり、ジャンヌが町に来たと書かれた石 のプレートが壁に貼ってあったり、ジャンヌダルク博物館なんてのもあったり。 「ジャンヌダルクゆかりの地」の雰囲気はバッチリで、映画の中のミラ・ジョボビッ チ演じるジャンヌの姿が頭に蘇ってきました。
  ジャンヌダルク博物館には、ジャンヌの書簡と言われている手紙が展示されてい ました。もちろん、ジャンヌは文盲だったので、その手紙もそこに書かれているサイ ンもお城の書記官が書いたもの。でも、その骨太で達筆な文字を見ていると、水鳥の 羽でスラスラと書かれた時の筆の走る音さえも聞こえてくるようで、わたしは1人感 動に浸るのでした。

●「ジャンヌダルクの足跡 〜 シノンの旅
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情報
ジャンヌダルクのサイト(日本語)↓
http://www.spe.co.jp/movie/joanofarc/


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