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『ユー・ガット・メール』

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Subject: ユー・ガット・メールを見て
Date: Tue, 6 Jan 2004 09:26:03 +0900
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 お久しぶりです。
あなたが勧めてくれた『ユー・ガット・メール』、楽しく見ました。
映画を見ながら、大学生の頃を思い出していました。

 僕がメールに初めて触れたのは、大学生の時でした。ええ、少し遅めですよね。
友人達は自由自在にメールを操ってましたが、僕はまったく興味を持てなかったんです。今のように操作が簡単なソフトと違い、学校にあったのはUNIXというマシンで、メールもプログラム画面でコマンドを打ちながら操作しないといけません。
そういったわずらわしさもあったのかもしれません。
そんな僕ですが、ある時を境にメールばかり気にするようになりました。

そう。好きな人ができたんです。

きっかけは、「私、メールが大好きなんです」という彼女の言葉でした。
「夜の静かな時に、その時の気持ちを友達にメールするのが楽しくて」と彼女は言いました。
「私」という時必ず自分の鼻をそっと人さし指で触れる彼女を見ながら、家にはパソコンないけどでも大学でメール使えるよ、と僕は言いました。
つまらなかった大学が途端にすばらしい場所に思えてきました。メールの使い方を教えてくれそうな友人の顔をすぐに思い浮かべました。どんな複雑なプログラムだってどんと来い、という気持ちになりました。
僕は彼女が手帳に書いてくれたメールアドレスを見て、読み間違えそうなアルファベットはないか確かめました。そして、何でもない振りをしてぱたんと手帳を閉じました。

 当時僕は大学にはほとんど行かずに、アマチュア劇団に出入りしていました。
ある舞台が終わってみんなとのお別れの日、「知り合いがアクセサリーの展示会やるんだけど、忙しいから代わりに行ってくれない?」と言ってリーダーが僕に招待状を2枚くれたんです。僕はすぐ横にいた彼女に、行かない?と声をかけ、彼女もすぐいいですよ、と返事をくれました。正直その時はまだ彼女のことは、かわいいな、と思うくらいでした。
 土曜日の午後1時に渋谷駅で待ち合わせをしました。ハチ公前で、と言うのがなんだかうれしかったのを覚えています。
目の前に現れた彼女は暖かそうなセーターを着ていました。その白いセーターが、少し肌寒くなってきた青空にとても似合っていました。
展示会場に向かってゆっくり歩きながら、僕は彼女にゆっくり恋していきました。

 学校のパソコンを立ち上げ、自分のIDとパスワードを打ち込む。
そしていくつかのコマンドを打ち込み、
リターンキー。
この瞬間、いつもドキドキしていました。

新着メール一通あり。

彼女からです。
もううれしくてうれしくて、すぐに返事したい気持ちをなんとか抑えて翌日とか翌々日とかに返信を書いていました。身の回りで起きた面白いこと。メールだから書けるような自分の考え方など、丁寧に丁寧につづっていました。

 実は、渋谷で一緒に展示会に行ってからは彼女にずっと会っていませんでした。
メールで3回に1回くらいの割り合いで映画とかに誘うのですが、どうもタイミングが合わなかったんです。
約束がふいになった夜なんかは、必ず彼女からメールが届きました。
タイトルは、ごめんなさい、でした。

そして週に1、2回のメールのやり取りが続いて2ヶ月目。ついに彼女と新宿で映画を見に行けることになったんです。
もう12月になっていました。
新宿の灰色の景色の中、僕は待ち合わせの1時間も前から行き交う人を眺めていました。
『ユー・ガット・メール』の、僕はメグ・ライアンにむしろ共感しました。
初めて待ち合わせをしてレストランで待つ彼女が「相手」と会えなかったように、僕も約束の時間まで1時間、そしてそれからさらに2時間、そこに立っていました。

 その夜の、彼女からのメールのタイトルはもちろん、ごめんなさい。
来れなかった理由は、頭痛、でした。
電話に出られなかった理由は、ずっと眠っていたから、でした。
当時の僕にも分かっていたと思うんですよね。でも確実に来る彼女からのメールを途絶えさせたくなかったんです。
ただモニタに表示される文字なのに、ただ画面に並ぶだけの無骨な白い文字なのに、それはものすごくあったかかったんです。毎日がどんなにつまらなくても、夜彼女のメールを読むだけで、たっぷり元気になれたんです。
「よかった、何かあったのかと思って心配してたよ。メールが打てるくらい元気になったんだね」
僕はそう返信しました。

「ずっと言えなかったことがあって、でもそれを今日は書きます」
その日の彼女のメールはそんな文章で始まっていました。
いつもいつも、前回の僕の書いた内容に答える形で始まる文章が、その日は違っていました。
いつもいつも、暗記できるくらいまで読み返す彼女の文章を、その日は正視することができませんでした。
「私の勘違いだったら、もし私の思い込みだったらごめんなさい…」
「ひょっとして、私に対して友達以上の感情を…」
僕は両手をひざの上に置きました。
「私にはおつき合いしている人が…」
「いつもメールで面白いお話を聞かせていただいて…」
断片的にでも目に入ってくる言葉が、キーボードを通じて僕に突き刺さりそうだったからです。

 不安なことには目をつむって、きっとうまくいくよと思い込む。
最後公園に向かう時のメグ・ライアンもそんな気持ちだったのかもしれません。
そんな勇気とも投げやりともつかない気持ちが、恋愛には必要なのかもしれませんね。
僕と一度も会おうとしなかったのが彼女のやさしさだったんだと、今では思うことができます。
映画を見て、もう少し自分のことも応援してやろうという気持ちになりました。
素敵な映画をありがとうございます。
またメールします。

2004.1.6 工房の主人



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