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『モ’・ベター・ブルース』 |
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女友達と長く付き合うコツは男の趣味が重ならないことだとリオは思っている。 たとえば同じ男の子に興味を持ってしまったり、あるいは何かがあってから、その相手が自分の友達とも関係を持っていたなんてことが判ったら悲劇でしかない。実際、リオが週末になると出かけて行くクラブでは、一人の男の子を巡って取ったの取られたの、どっちが先だの後だのと、仲が良かったはずの友達同士がもめることも少なくなかった。 けれどその点、アコは完璧だと思う。 彼女とは何年も一緒に遊びに出ているけれど、好きになるタイプが重なって気まずくなったなんてことは、これまで一度もなかった。 一緒に『モ・ベター・ブルース』を観に行った時だって、アコはデンゼル・ワシントンが最高だと言ったし、リオはウェズリー・スナイプスが絶対だと思った。 「ウェズリー?あんな下品でアグリーな男のどこがいいの?」 「アコは何にも判ってないよね。あのセクシーでワイルドなとこがいいんじゃない。デンゼルなんてちょっと顔がいいだけで退屈だよ」 「わ、リオの趣味って最悪」 「あんたに言われたくない」 そこで2人は顔を見合わせてふき出したのだ。 そういえば今夜、一緒に家を出てきたアコはずっと席を外している。きっとダンスフロアにでも行っているんだろう。彼女は何週間か前に知り合った男の子がこの店に来ていることを知って、とたんに落ち着かなくなった。 確かフレッドとか言ったっけ。あんな子のどこがいいのかしら。取り立てていいとも思えないけど。 リオがぼんやりと考えていると、踊ってもらえないかな?といきなり声をかけられた。ふと顔を上げると、体の大きな男が目の前に立っていた。 リオは騒がしいフロアから離れた隅の席に座っていたから、ただでさえ薄暗いその場所で、その相手の肩から上は完全に暗闇の中にあった。 こんな隅にいる女に声をかけるなんてどうかしてる。よっぽどヒマなのかしら。 けれどもリオは慌てて背筋を伸ばした。 「何、飲んでるの?ぼくの名前はバーンズ」 「リオよ。飲んでるのはロング・アイランド・アイスティ」 「きみの飲み物、買わせてもらえないかな。よかったら後で踊ってもらえると嬉しいけど」 その礼儀正しい言葉遣いに、リオは改めて相手の顔を見た。人混みの中でいきなり腕を掴んだりする男が増えた中で、バーンズの話し方はリオの気に入るものだった。 「悪いけど、踊る気にはなれないの」 リオがそう答えると、「隣に座ってもいいかな」と断った上で、その人はリオの隣に椅子を運んで来た。 ぼくの名前はウィリアム。ウィリアム・バーンズ。仕事の関係でここに来て、明日はイワクニに行く。その一週間後はコリア。それからユーラシアに渡って、トウキョウに戻ってくるのは二ヵ月後になるかな。 とりとめのない話の間にリオのグラスが空になり、褐色の大きな手がウェイターを呼び止めた。 運ばれてきたグラスにペーパーナプキンを巻いて手渡す相手を見つめる。改めてバーンズと向き合ったリオは、そこに自分の好きな種類の眼を見つけた。色気を落ち着きで上手に包んだ、はしばみ色の瞳だった。 砂浜に落ちていたビー玉を見つけた時のようにリオが言葉を失くしていると、その相手は唐突に言った。 「ところでぼくは一週間後、ソウルにいるけど、きみも来る?」 「ソウル?そんな急に休みは取れないわ」 「もう少し近いほうがいい?例えばここがクローズした後、ぼくの部屋とか」 「そういう安っぽい誘い文句、あなたに全然似合わない」 言葉とは裏腹に、リオの口元には笑みが広がっていた。 それは一見、とても魅力的なことに思えた。クラブで知り合ったちょっと気の合う相手の部屋に行く。そんなことは、挨拶の言葉よりもありきたりで、指を鳴らすより簡単。ましてやこんな場所では話題にもならない。 確かに彼は上等の部類に入る男だったし、ここをステーションにしているわけではないから、「イージー」なんて噂がたつこともない。 ふと、そんな考えがリオの頭をよぎった時、アコがテーブルに戻って来た。 誰、この人?という目でアコがリオを見る。リオは黙って片目をつむって見せた。 やっぱり止めだわ。こんな日はアコと一緒にどこかの店に駆け込んで、おしゃべりをしたほうが絶対に楽しい。 そう思ったリオが首を横に振ると、彼は両手を広げておおげさに溜め息をついて見せた。 「彼女に妬いちゃうな。じゃあ明日、電話するよ。それまでぼくのこと忘れちゃだめだよ」 一体何があったの?と耳打ちするアコに、後で話してあげるわよと答える。バーンズはリオを一瞬抱きすくめ、頬にキスをしてから、クローズの時間が迫っているクラブのエントランスまで2人を見送ってくれた。 明るくなりかけた空に浮かんだ薄い月を見ながら思う。 これから深夜営業のファストフードの店にでも行って、フレンチフライでも齧りながら今夜の報告をしよう。 そんなふうに思える最高の女友達だからこそアコと付き合っていられるんだもの。 きっとアコだって、山ほどフレッドの話をするに違いない。2人ともお化粧なんかすっかり落ちちゃって、全然魅力的なんかじゃないけど、でもそんな女友達がいるのって、いい男と一晩過ごすより楽しそうじゃない? 2003.2.21. 水無月朋子 |
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