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『ミスティック・リバー』 |
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郵便受けに届いた一通の手紙を見て、淑美の表情が凍り付いた。一流ホテルのすかしの入った封筒。差出人は森宮朝子とあった。 朝子と最後に会ったのは10年近くも前のこと。時は90年代のバブル絶頂期。淑美は週末ごとにブランド物の服やバッグで身を固め、芝浦や六本木に繰り出していた。その頃、一緒に出かけていたのが朝子だった。黒服にかしずかれてVIPルームで朝まで過ごす。気が向けばそこで知り合った男と泊まることもあったし、メルセデスやBMWをタクシー代わりにすることも多かった。気が向いた時に一本電話をかけるだけで、札束で金を膨らませた男たちは即座に迎えに来てくれたし、淑美が甘えた顔を見せればいくらでも財布を開いたのだ。『常連の淑美ちゃん』はみんなにもてはやされ、お金の価値になど気づく暇もなく時間は過ぎて行った。 「淑美ちゃん、芝浦とか行ってるんだって?私もそういうところに行ってみたいんだけど」
朝子が妊娠したらしいと電話をかけてきたのは、それからしばらく経った頃だった。大体の予想はついた。だが淑美は心配するそぶりは見せたけれど、ただそれだけだ。病院に行くと言われた時も、そう、と答えただけで。朝子を気遣う気持ちも中絶費用を助けるお金も、淑美は最初から持ち合わせていなかった。
狂ったような時間が過ぎ去り、ふと周囲を見回せば、華やかな夜の金粉は跡形もなく消え去っていた。残ったものは何もない。長い夢に酔っていただけの時間だったのだ。すすけたような灰色の生活。淑美は26になっていた。 結婚式になど出る気はまるでなかったけれど、朝子には電話をしてそれとなく様子を聞いた。朝子も淑美も今は35歳。朝子はあの妊娠をきっかけに元の生活の戻り、ずっと仕事を続けていたのだという。
さりげなく言った朝子の言葉の裏にいくつもの棘が隠されていたことを淑美ははっきりと感じていた。朝子は本当はこう言いたかったのだろう。
時間の流れはゆるやかで、いつでも人に公平だ。たゆたうように流れる時間という川の向こうから、朝子の高笑いが聞こえた気がした。
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