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『ニュー・ジャック・シティ』


 それにしても。
  あいつの名前がエリック・フィッツジェラルド・チャーチ―(教会)だなんて、冗談にしては気が利きすぎている。
自分たちの周りに集まる誰もが教会になんて縁はないのは判りきっていて、日曜日の朝は土曜の夜の延長でしかない。敬謙なクリスチャンが教会に向かう頃、エリックとリカルドは煙草の煙の立ち込める部屋で、聖水の替わりのウォッカを浴びるほど飲み、酔いの回った頭でマンチースとキスをする。
いつだったか、冗談混じりに「こんなことをしてていいのか」と尋ねたことがあった。その時エリックは、そんなところへ行かなくたって教会ならここにあるぜと答えた。リカルドはその時初めてエリックのラストネームを知り、エリックはふざけた野郎だと笑ってラインを一本吸い込んだ。
金曜の夜はお互いに気に入った女を部屋に連れ込むことはあったけれど、土曜の夜から日曜の朝はそんなふうに過ごすのがいつしか2人の習慣になっていた。

 週末の夜。真夜中近くになると、小さな町のあちこちが普段より少しだけ騒がしくなる。立て続けに通り過ぎる車のクラクションに、街の人たちはまたあの悪ガキ共が騒いでいると眉をひそめ、自分たちの子供がベッドにいるかどうかを確認した。その騒音は、ハイスクールに通っている少年たちの間では恐れと憧れの象徴になっていて、その親たちにとっては迷惑以外の何者でもなかった。
 その中心にいるのがエリックとリカルドの2人だった。シティから離れたイーストハンプトンの田舎町で、ハーフブラックだったエリックと、プエルトリカンのリカルドは、クラスでたった2人のマイノリティ―有色人種だった。
おのずとブラザーと呼び合い、リカルドがドロップアウトした時にエリックも一緒に学校を辞めた。
「ビッグになろうぜ」
 どちらからともなく言いあって、2人で始めたのが車の盗品を横流しすることだった。どちらかの車で3時間ほど離れたニュージャージーに行き、停めてある車からタイヤやステレオを盗む。針金を使ってドアロックを開ける方法も、ガソリンを抜き取るやり方もストリートで覚えた。それを帰りがけにシティの店で売り飛ばす。盗品と知りつつも買い取ってくれる店などハーレムにはいくらでもあった。州をまたいでいるから足もつかず、2人はいつも、GUESSやフィルフィガーの服を好きなだけ買えるくらいには裕福で、互いの首には14カラットの揃いのクロスが光っていた。

  週末にはつるんであちこちのクラブに顔を出す。お洒落で粋で遊び上手なブラザー。そんな名前が後から付いてきた。
遊び仲間の男たちは女の子を拾い、それぞれにジョシュアの家に集まった。酒を飲みながらみんなが来るのを待ち、7〜8人の仲間が集まったところで、またそれぞれの車に乗り込んで、海岸近くのクラブに向かう。そこで朝まで過ごすのがエリックとリカルドのその頃の習わしだった。

  最近、エリックの側にはいつもリン・フォンがいる。けれど彼女の瞳にはいつも満たされない様子が漂っていた。きっと、エリックに擦り寄る誰もが同じ思いを抱え、それに耐えられなくなった女は、諦めと、少しの軽蔑を持って彼の元を離れて行くのがいつものことだった。それに比べればリン・フォンは長い方だ。リカルドは感心しながらその様子を見守っていた。

  けれどエリックはあっけなく死んでしまった。あれほどドラッグには手を出すなと言っていたにも関わらず、エリックは白い粉の誘惑に負けた。後から聞いた話では、シティのマフィアと関わりを持ち、ディーラーの手先のようなことをしていたらしい。取り引きのとばっちりを受けて銃で撃たれたと聞いた。街の子供の1人や2人、消えたところで組織には何の影響もないと、あえて危ない役回りを押し付けられたのかも知れない。

 リカルドはその知らせをリン・フォンからの電話で聞いた。慌てて駆けつけると、棺の中ではエリックがいつもと変わらない、皮肉な笑みを浮かべて眠っていた。
隣で泣きじゃくるリン・フォンにお悔やみを告げた。すると彼女は、激しく首を振りながらエリックの胸元を指差した。
  そこには、片時も離さず自分の身に付けていたゴールドのクロスを握り締めているエリックの手があった。
「…何にもなかったの」
 たとえ一緒に眠ることがあっても、エリックとはそれだけだったとリン・フォンはつぶやいた。一体どういうつもりなのかと、激しくなじったこともあったという。
「嫌なら出て行け」
いい加減で遊び好きなエリックの、そんな真剣な瞳を見たのは後にも先にもあの時だけだったとメイ・リーは言った。たぶんその時だったのだ。エリックが誰を一番大切に思っていたかを悟ったのは。

 『ニュー・ジャック・シティ』が公開になった時。
エンドクレジットが流れ出すのと同時にざわめきに包まれた映画館の席で、リカルドが一番最初に思い出したのはその時のことだった。
初めて盗品をさばいた日に揃いで買ったクロスはまだリカルドの胸に光っている。けれどリカルドは、エリックが死んだ歳を3つも追い越して、21になっていた。
  キッズと呼ばれる時代に別れを告げたリカルドは、その日、街を出ることを決めた。

2003.3.19. 水無月朋子


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