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『ニュー・シネマ・パラダイス』

 主人公のトト少年は、映写技師のおじさんと仲良くなる。トト少年が唯一興味を示したもの。それが、映画だった。
二人の親交は続き、やがて青年になったトトは、おじいさんになった映写技師の代わりに仕事を引き継ぐ。そして、トトは町を出る。映写技師のおじいさんに、成功するまで帰ってくるな、と言われて。

 自分の本当に大事なものは、出会った時には分からないものだ。
映画を作りたい、そう思った時、僕はもうすぐ20歳になろうとしていた。
目の前にそろえられたモノの中に、欲しいモノがない。
そんな10代だった。しかしどんなに気に入らなくても、ひきずられるように、人生は進んでいく。
誰も知らない、何も分からない東京という場所。僕はなぜか、そこにいた。
上を目指せ。
中学の時も、高校の時も、目指すべき「上」があった。盲目になれた。
その「上」がなくなった時、僕の中で自分をひきずる何かが、消えた。
何もしたいことがない。
僕は、何もしないことを選んだ。

 時々帰省する実家。そこは安楽の地と言うより、よけい自分をイライラさせる場所だった。両親は、今の僕に満足しているのだ。
別の町に、おじいちゃんがおばあちゃんと二人で暮らしていた。両親が共働きの僕は、幼少時代ずっと、そこで育った。当然、無茶苦茶にかわいがられた。
もうすぐ20歳になろうとしている僕に、おじいちゃんはよくお小遣いをくれた。おじいちゃんが喜ぶなら、と僕は喜んでもらった。
 ある時、おじいちゃんが言った。
「これ、いるか?」
それは、当時まだ片手で持つには重い、一台のビデオカメラだった。おじいちゃんが家電売り場の店員に勧められて購入したものの、一度沖縄旅行で使ったっきりでホコリをかぶっていたものだった。
映画を作ろう。
歯を磨いた後口をゆすぐように、それが当たり前のように、僕はそう決めた。

 僕は相変わらず家にこもっていた。大学に行かず家にこもって、一人で映画を作っていた。僕にとって、映画は見せるものではなく作るものだった。しかし一人で、しかも室内で作れる映画は、たかがしれていた。短い作品を数本一人で作った後、僕は数少ない友人に声をかけた。恥ずかしいから人には言わないでくれ、と頼んだ。
そして頭の中のアイディアはたちまち、実際に作れるものを超えてしまう。

僕は、「上」を見つけた。

 時代は大きく変わっていく。ビデオデッキを2台つなげて行っていた編集も、コンピュータを使うようになった。両手でかかえていたビデオカメラもやがて壊れ、友人の親に借りてまで撮り続け、そして初任給で初めて自分のビデオカメラを手にした。なにより、僕の回りには大勢の仲間がいた。
 おじいちゃんには毎年盆と正月の2回会っていた。会う度にいつも、僕の体のことばかり気にしていた。
与えてもらうばかりじゃなく、何かおじいちゃんにしてあげたいと思った。何か喜ぶこと。
おじいちゃんはいつも着物を着て、書をたしなんでいた。僕はおじいちゃんに一筆書いてもらうことにした。おじいちゃんの字を部屋に飾りたい、と。
ちょうど読んでいた歴史小説の一節が、僕はいたく気に入っていた。それを頼んだ。
“賽は投げられた”
さあ始まった。もう後にはひけない。

 僕はおじいちゃんに、映画のことを何度も話しそうになりながら、いつも止めていた。言うなら、見せたい。しかしその時作っていたのは、ホラーと、洋画のパロディーと、そしてコメディーだった。これじゃあ、分かってもらえない。
見せるなら、褒めてもらいたい。
僕はこんなの作れるようになったよ。始まりは、おじいちゃんなんだよ。
おじいちゃんに喜んで見てもらえる作品。
時代劇を作ろう、と決めた。そうだ、それがいい。侍の着物は、おじいちゃんに借りればいい。そして、エンドクレジットにおじいちゃんの名前を載せるんだ。

 僕はその年の暮れ、おじいちゃんの家を訪ねた際、思いきって聞いた。着物を2、3着、貸してもらえない?おじいちゃんは、僕を2階の奥の部屋に連れていった。数年ぶりに入る部屋だった。衣装ダンスを開けた。どれでも持っていきんさい、とおじいちゃんは言った。決して、何に使うのかを、聞かなかった。その日の昼すぎ、僕はおじいちゃんに手を振って別れた。

 仕事中に僕の携帯が鳴ったのは、それからたった一週間後だった。

 トトは、成功し、懐かしい町に帰ってくる。映写技師のおじいさんの葬式に出席するためだ。
そのおじいさんは、トトが成功することを、死ぬまで信じて疑わなかった。
うらやましいな、と僕は思った。


 おじいちゃんは、僕が映画を作っていることを、知らない。

2003.4.6. 工房の主人



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