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突然『キンダガートンコップ』 (4)

挑戦者:工房の主人


授業の準備

 本部からほど近い3LDKのアパートの一室。
そこに住む一人暮らしのおばさんの元に、俺たち4人は居候していた。家のカギを一つ持たされ、自由に出入りができる。
夜はたまに外食をしたが、食材を買ってきて家でみんなで料理することが多かった。

その日も、本部でのボランティアが終わり、家に戻ってきたところだった。

リリリリリリーン…

電話が鳴った。
おばさんはまだ帰宅しておらず、俺たちは顔を見合わせた。
一番電話の近くにいた俺は、思わず受話器を取り上げてしまった。

俺「もしもし…?」
相手「○○さん(おばさんの名前)いる?」
俺「いいえ、いません」
相手「じゃまたかけなおすわ、じゃあね」
俺「じゃあ」

俺は電話を切る。
と同時に、3人から「わーすげー」と声が上がる。
考えてみてびっくりした。
俺はなんと、ボスニア・クロアチア語で電話していたのだ!!

ただよくよく考えてみると、交わした実際の会話は次のようになる。
俺「はい?」
相手「○○?」
俺「いいえ」
相手「なんちゃらかんちゃら。バイ!」
俺「バイ」

なあんだ、「Yes」「No」「Bye」しか言ってないんじゃねえか、俺!

3人がしきりに感心しているので、俺はこのことには気付かなかったことにした。

さてその晩、俺たちは小学校で行う授業について話し合った。
もう、「ガキには興味ねえ」なんて言えなくなっていた。
本部から聞いたところに寄ると、美術の授業らしい。
そりゃそうだ、俺たちが国語とか社会とか教えられるわけがない。

「この前、折り紙がすごいウケてたから、鶴とか折り方教えてあげたらいいんじゃない」
 大阪さんが言い出し、うん、それがいいそれがいい、とあっさり決まってしまった。
とその時、埼玉君がおずおずと口を開いた。
「あ、あの、」
 みんなが彼を見る。
「俺、折り方分かんないから、教えて…」

折り紙教室

 小学校は、繁華街をはずれ、ゆるやかな住宅地の坂を上がっていった場所にあった。
どこまでも普通の住宅地で、どこまでも辺りは平穏だった。
どうしても、ここで数年前まで戦争が起こっていたなんて信じられない。

門を入る。
まだ授業中なのか誰もいない。
建物は、いかにも小学校、という建物。中に入ると、ひんやりとした空気が俺たち4人を包み込む。
通りかかった年輩の人に、教えられた先生の名前を告げると、職員室らしい部屋に通された。

先生は30代なかばくらいの女性だった。
きりっとした眉が、芯の強さをものがたっている。
俺たちは互いに自己紹介した。先生は、わかりやすい英語を話した。

先生の後について俺たちは教室に向かった。
どうも小学校というものは万国共通らしく、どっかで見たような光景が続く。
壁には子供達の描いた絵が貼られ、階段の踊り場には卒業制作のような大掛かりな作品が飾られている。

チャイムが鳴り、子供たちがぞろぞろと俺たちの側を通り過ぎていく。
目も合わせない子もいれば、あからさまに興味を示す子もいる。こっちを見てささやきあい、キャッキャ騒ぐ子もいる。
俺はいちいち反応を返してやった。指差したり、変な顔をしたり、舌を出したり…
教室の窓の前を通る時は、階段を降りる時のようにだんだん窓の下に消えてように歩いたりした。
子供達は、そのひとつひとつに、騒いだ。

身体に何かが宿り、自分が誰か別の人格を持ったような錯角がしていた。
俺はガキは嫌いだ、という思いと、この状況が心地いいという思いが、頭の中で交錯している。

「ここです」
 先生にうながされるまま、俺たちは教室に入った。
中には60人ほどの小学校低学年くらいの子供達が席について大騒ぎしていた。
先生は入るや否や、「静かに!」みたいな言葉をしゃべった。
一斉に子供は静かになる。
なんだか変な気分だ。
つい最近まで、俺はそっち側だったんだぞ…

「今日は、日本からお客さんが来ています。」
 先生は子供達に現地の言葉で話し、俺たちの方を向いて英語で説明する。
俺はそれを、小声で他の3人に通訳した。
大勢の子供達はシーンとしているが、何人も俺たちの方を興味深げに眺めている。

一人の男の子が俺の方を見てにやにや笑っている。
俺はその子に向かってウインクをした。その子はうれしそうに後ろを向いて別の子に話しかけた。

「こら!!」

 先生が一喝し、その子は慌てて前を向き、俺もあわててたたずまいを正した。

先生が準備していた日本地図を広げ、俺たちはひとりひとり出身地を指差した。
俺が「広島」だと言った瞬間、先生は大きな声で何かを生徒たちに話し始めた。
どうやら、原爆のことを話しているらしい。
そう言えば、俺が初めてサラエボの市街地を見た時、「原爆ドームがいっぱいじゃあ」と思ったのだった。

やがて折り紙の番になった。
教え方も、手はずは整えてあった。
俺がみんなの前で、大きな紙を見せながら説明、大きな鶴を折っていく。
3人は教室を回ってみんなの補助をするのだ。

教室は6列に並んでいる。
「一人2列づつ担当ね。」俺たちはさっと決めた。
子供達に折り紙を配り、みんなでいっせいに折り始める。

しかし、順調だったのは最初の2、3ステップだけだった。
「分からなかったら手を挙げて下さい。」
 先生が言った途端に、あっちにもこっちにも手が上がった。
俺たちは走り回る。
一人が終わると今度は別の手が上がる。
あっというまに、「分からない分からない…」という大合唱になった。

結局、俺たちは総出で目につく限りの子供達の手伝いをする羽目になってしまった。
いくつかの列を見回っているうちに、なんだか変な折り方をしている子供がいた。
「これじゃ、鶴の首が折れないからね」
 俺はニコニコしてぶつぶつ言いながら直してあげる。
するとなんと次の子も同じように間違えているではないか。
そしてその次の子も。
すっとその先を見ると…

埼玉君がせっせと間違えた折り方を教えながら進んでいた。

ある程度手が上がるのが落ち着いてきた。
時間内にようやく終われる!
あちこちで先陣を切って折り鶴が折りあがりつつある時、ふとうつむいたままの女の子を発見した。
後ろからそっと近付いてみた。
すると、その子は紙をいじくりまわしているだけで、何にもできていなかったのだ。
周りの子はどんどんできていく中で、その子はじっと耐えていた。

俺は話しかけた。
英語が通じないのは分かってる。でも話しかけた。
もどかしくなって、日本語も使った。
「これ、難しかった?分かる?」
 女の子は俺の方を見ようとしない。怒ったように下を向いたまま。
俺は床にひざをつくと、その子の折り紙をゆっくりとその子の前で折っていった。
女の子の目の前で鶴が折り上がっていく。
そして鶴が完成した。

女の子はぱっとそれをつかむと、後ろを向いて友だちに鶴を自慢げに見せた。
そして、
俺を見ると、初めてニッコリと微笑んだ。

放課後…

「私のクラスの生徒に、外国から来た人と接してもらいたかったの。」
 授業が終わった後の教室で、先生は急にまじめな顔になって話し出した。
「この国は、一緒に暮らしてきた、同じ言葉を話して同じ見かけの人たちと殺し合ってきたの。」
 先生はところどころ言葉を止めてくれ、俺は日本語で3人に伝える。
「だからこそ、言葉の違う人たちと仲良くできることを子供達に教えてあげたくて。」
 俺が話し、3人は大きくうなづく。
「さっきの子供達ね、笑ってる子もいたけど、目の前で親を殺された子もいるの。」
 先生は言葉をついだ。
「だから心を閉ざして、口を開かなくなった子もいるの…」
 
 いつしか俺は翻訳するのを忘れ、話に聞き入っていた。
ふと我に返り、3人を見たが彼らも分かっているようだった。
先生は平易な言葉を選び、直接俺たちに語りかけていた。
聞きながら、泣くな、泣くなよ…と俺はしきりに自分に話しかけていた。

「あなたたちはあとどのくらいここにいるの?」
「明後日には帰ります。」
 先生は少し黙って、俺たちを見た。

「帰る前に、もう一度だけ、授業をしてもらえないかしら?」

(続く)


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