ホーム突撃!映画体験隊 > シュワちゃんの銅像

シュワちゃんの銅像を捜せ!(2)

挑戦者:工房の主人


グラーツのユースホステルは、駅から15分程歩いた、閑静な住宅地の中にあった。
「たのもう!」って感じで建物に入る。
まだお昼前。誰もいない。
だだっ広い受付の空間で、俺は一人立っていた。
机の上にあるベルを叩く。
りりん
静かな足音がして、中年の女性が現れた。
面白いもので、相手の話す内容が100%完全に聞き取れたわけでもないのに、その場の状況、雰囲気、相手の動きなどの要素が、勝手に俺の頭の中に言葉となって伝わってくる。
「いやあ、ごめんなさいねえ…」  
 と女性は言った。

部屋は4人部屋で、2段ベッドが2つ置かれた、こぎれいな部屋だった。
まだ早い時間のためか、チェックインしたのは俺だけのようだ。俺はかばんを放り投げてベッドに寝ころんだ。
寝ころんで、さてどうしたものか、と考えた。
シュワちゃんである。
俺はガイドブックは持たない主義なので、手もとには何もない。
暇なのと情報を入手する意味も込めて、俺は先ほどの受付に行ってみることにした。

受付にある、休憩スペースみたいなところでパンフレットや雑誌をパラパラとめくる。
そこへ人が入ってきた。
ひと目で日本人だと分かった。
しかし俺は無視を決め込む。相手が一人なら同じ仲間と認めるが、集団旅行者ならうざいだけだからだ。
無視をしているが、横目で観察はする。俺は真っ黒のサングラスをかけているので、そんなことができるのだ。
言い換えると、いろいろ便利だからサングラスを愛用していた。

そいつは受付で俺と同じようにりりん、とベルを慣らした。
さっきの女性が応対している。
2人の声は聞こえない。しかし、立ち振る舞いで状況は伝わってくる。
どうやらそいつはまったく英語ができないようなのだ。

チャンスだ!

俺は応戦体勢に入った。
例えば飛行機の中で急病人が出て、「どなたかこの中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と聞かれた時のように、「何か?」と立ち上がる手はずを整える。
案の定、受付の女性がちらちらと俺を意識し始めた。
ふふふ。
どうすれば一番効果的に俺がかっこいいか頭の中でシュミレーションをする。
呼ばれたら、まずは「ん?」って感じでゆっくり顔を上げる。
そしてゆっくり近付き、「何か?」と尋ねる。
その男を窮地から救ってあげた後は、彼ににっこりとほほえみ、「アイル・ビー・バック」と言う。

完璧だ…。
俺はちょっといい気分になってきた。

しかし…

中年女性はなかなか俺に声をかけない。
じれったくなってきた。
早くしてくれよ…。こっちは準備できてんだよ。
なにやら、その日本人の男はジェスチャーも交えてがんばってるみたいなのだ。
いいよ、さっさと諦めて俺に頼めよ…。
俺はすでに手もとの雑誌をめくっていない。神経は受付の2人に釘付けだ。
そいつはガイドブックを取り出してめくり始めた。

さっさと俺に頼めってんだよお!
てゆうか、頼んでくれよ!!頼むよ!!

「ねえ!」  女性が俺を呼んだ。あまりにも唐突だったので、俺は秒速で「はい?」と立ち上がってしまった。
やべ!!いかにも待ち望んでたみたいな返事をしてしまったじゃないか!!

おそらく受付の女性のはからいだったんだろう、彼とは同じ部屋になった。
俺は彼を部屋につれていく。態度、しゃべり方…すっかり俺は兄貴分ぶりをアピールしていた。
彼は海外旅行は初めてだと言う大学生だった。1週間分だけお金を貯めて来たのだと言う。
部屋の中で俺はベッドのあり方、海外旅行についてエラそうに語った。彼はすなおに感心している。

ドアが突然開いて、白人が入ってきた。
俺は心の中でにやりとした。
さっきは失敗したが、逆転ホームランだな。彼の前でこの白人とペラペラ話してるのを見せてやる。
ヨーロッパ人は英語が母国語ではないから、たいていゆっくり英語を話すのを体験的に俺は知っていた。
ふふふ。

「こんちは!」  
 できるだけくだけた言葉で、できるだけ「俺、英語ペラペラなんだよねー」みたいな感じでその白人に話しかける。
もちろん日本人の彼に聞こえよがしである。
その白人はすっかり俺を英語が話せる人だと思ったらしい。
「よ!こんちは!君らは日本人かい?俺はオーストラリアから来たんだよ。オーストリアにオーストラリア人だぜ!ハハ!笑えるだろ!俺さー、俺の国では○×●※■◇……」  
 は、早い…。ヨーロッパ人じゃなくて思いっきり英語圏の人じゃないですか!
「それでさあ、オーストリアじゃよ、○×●○×●でさあ、○×◇だから俺○×●なんだよな。」  
 早すぎてほとんど聞き取れない。やばい、これじゃあ俺の立場が…
「●○×で●◇※?」  
 わけが分からない。まあいいや、適当にあいづちを打っとけばいい。
「●◇※?」  
 ん??ひょっとして、俺今、何か聞かれてる?
「●◇※?」  
 げ、聞くな、聞くな!!
俺があせっていると、そこにまたドアが開いて一人の白人が入ってきた。 た、助かった…!
そいつはゆっくりとした動作で俺らを見て、ゆっくりとした口調で言った。
「どうもー。…ぼく、イタリアから来ました〜…」

俺は横にいる日本人をちらりと見た。
彼は、自分の周りで起こっているいろんな展開をすなおに楽しんでるようだった。
なんだ、俺より肝っ玉座ってんじゃねえか。

仕方ない。こいつと一緒にシュワちゃんの銅像を探すとするか…。

 


映画工房カルフのように All rights reserved ©Since 2001