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開店☆みなづき食堂

最後の晩餐 −カルパッチョ−

唐突だけれど、あと一回しか食事ができない状態で「最後に何が食べたいですか」と訊かれたら、皆さんは何を召し上がるんだろう。私はスズキのカルパッチョかひらめのお刺身かで、ものすごく悩んじゃうだろうなと思う。スズキのカルパッチョとキリキリに冷やした辛口の白ワインのコンビネーションはこの世のものとは思えない組み合わせだし、ひらめのお刺身をポン酢醤油にちょっとつけて、吟醸酒といただくのも捨てがたい。ふたつにひとつと言われたら本当に困ってしまう好カード。それにしても生の白身魚とお酒ってどうしてこんなに合うんだろう。考えただけでうっとりしちゃう。あ、今はカルパッチョの話だったっけ。

カルパッチョとは、肉や魚を生のまま薄く切ってお皿に平たく盛ったもの総称である。元々はベネチアの「ハリーズ・バー」ってとこが生の牛フィレ肉を薄く切ったものにソースをかけたものが始まりで、その肉の赤がルネッサンス期の画家・カルパッチョの多用していた赤に似ていたからってこの名前になったらしい。…なぁんだ、カルパッチョって元々は肉料理だったんだ。それにしてもナマモノってやっぱりどこか色っぽい。生牛肉のとろりとからみつく感じはいわずもがな、白身魚のなめらかな食感も和服の女性の首筋のようで妙になまめかしい。生食文化のない国の人はこの淫靡さを知らないのかと思うと、本当にもったいない話である。しかも名前の由来がその色彩からだなんて、妙にロマンティックではないの。

そんないわくありげなカルパッチョだけれど、作り方はとっても簡単。生の食材をお皿に盛って塩とこしょうを振ったら、オリーブオイルとレモンをかければできあがり。サラダ仕立てにしたい時はレタスとかオニオンスライスを添えればいい。これで立派なカルパッチョの完成だけど、うちではこれにバルサミコをたらして、上からパルメジャーノ・レジャーノチーズのスライスをどっさりかける。パルメジャーノはいわゆるパルメザンチーズというやつで、パウダーになって筒状の容器に入って売ってるのが一般的。だけどうちの実家の冷蔵庫にはカタマリのやつがいつも入っていて、食べる時にはチーズおろしを使ってその都度おろしていただく。確かにお値段はちょっと高めだけど、粉になったものとは比べ物にならないうまさである。

そういや私が一人暮らしを始めたばかりの頃、居酒屋みなづきを開店した夜があった。その日のメニューはイタリアン。新居のお披露目ということもあって、私はきばってレジャーノの塊を買った。食事が進むうちに誰かが言った。「粉チーズある?」キッチンで手が離せなかった私は、同席していた我が弟に言った。「そこにあるから、やってあげてくれない?」彼はテーブルに出してあったレジャーノの塊を手に取って、慣れた手つきでチーズおろしを使う。その場にいた全員が彼の様子に注目した。「…何やってんの?つうか…店!?」「いや、うちの実家はいつもこうだったから…」気取ってると思われたのか、その場に白けた雰囲気が漂う。嫌な感じにひんしゅくを買った瞬間だった。でもね、何を言われようがうまいもんはうまい。嘘だと思ったら試してみ、と言うしかないんだけれど。

塊からおろすパルメジャーノ・レジャーノはこくも、塩気も強くって、ずっしりと食べごたえがある。カルパッチョをサラダ仕立てにしてチーズをどっさりかけたら、あとはパンとワインがあればいいくらい。そういえば昔、レジャーノ社の日本代理店で通訳をしている人とお会いしたことがあるけれど、彼女もパルメジャーノ崇拝者の1人だった。彼女はこのチーズさえあれば、あとはサラダとパンだけで夕飯が済んでしまうと言っていた。上には上がいるもんである。

ところで、最後の晩餐について同居人に質問したら、彼は「すき焼きと白米」だと言った。残念ながら、私はそのどっちにも興味がない。もし本当にそんな日が来たら…人生最後の食事は別々になること確実である。


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