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vol.1 「ラスト・サムライ」〜サムライはいづこへ? |
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le 11 mai 2004
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| この映画は今年1月にパリの映画館で観ました。 オリジナル・ヴァージョンかフランス語吹き替えかを選ぶ際、いつも夫の希望でオリジナル・ヴァージョンにしています。で、今回も例に漏れず。アメリカ映画なのでおおむね英語、そしてこれは意外に日本語も多い映画でした。 さて、何も下調べなどせずに観に行ったこの映画。いきなり坊主頭の渡辺謙からはじまる。その時点で、わたしは何かを感じていた…。
「時代劇っぽい」と言えば、小雪の入浴シーン。これは「水戸黄門のお銀」を思い出して仕方が無かった。濡れてちょっと乱れた髪、着物の襟元を直すしぐさ。日本のエロチシズムですね。これがわかる外国人は、多分、オタクなまでの日本マニアだと思います。それに反して“ごく普通のフランス人”であるわが夫は、映画の最後あたりに小雪がトム・クルーズに甲冑を着せるシーンのカメラワークがやたらエロかったと言っていました。これが欧米人の感じるエロチシズム。ものすごく直接的。夫は、映画を見終わった後で「あれはイカンだろう。」としきりに言っていました。夫を殺された妻が、夫を殺した相手にあんなエロいことを…と言いたいらしい。なんだか日本人が言いそうな感想だけど。 この映画、けっこう笑えるシーンがあった。けど、映画館内に居た日本人はわたし1人だけ。当然のことながら、笑いのツボがフランス人の観客とわたしとはズレている。わたしは「英語映画&仏語字幕」という過酷な条件の下に映画を観ているので、フランス人たちが笑えるシーンでは、なかなか笑えない。ただ、わたしは日本人。日本語がダイレクトにわかるという利点がある。他の人たちが「?」な顔をしてスクリーンを眺めている時に1人でふふふと笑う快感。(笑) フランスでは、ここ何年かの間、ずーっとずーっと「日本ブーム」です。というより、100年以上も前に開催された「パリ万博」以来ずっと、と言ったほうが良いのかもしれない。あの時代、ジャポニズムという言葉まで生まれたけれど、「東洋の不思議な国、ジャポン」に対する漠然とした憧れが、フランスには根強くある。 「ラスト・サムライ」を観ていて、最初から最後までどうしても気になったことがあった。それは、この映画のロケ地がどこなのか。あんな草原は今の日本ではまず無いだろうと思うから。あったとして、一体どこだ?何県だ?と考えてみても、浮かばない。ということで、きっと「海外ロケだろう」と思った。外国ならば、一体どこの国だろうか?韓国?台湾? この映画「ラスト・サムライ」に影響を与えたのが、五千円札で有名になった新渡戸稲造氏の書かれた本だということでした。新渡戸氏は、日本人ながらも実はアメリカで活躍された偉人だそうですね。そんなことも知らないワタシは、五千円札ができた当時、「この、シン・トドイナゾウって、誰?」と親に聞いてしまった…。バカまる出し。 映画「ラスト・サムライ」の中では「サムライ精神とは」ということが語られていましたが、そんなものすっかり忘れてしまった現代の日本人がほとんどだと思う。けれど、こういう映画などをきっかけとして感動した外国人の血の中に、実はサムライの血が密かにたぎっていたりする。それは今となっては想像や憧れでしかないけれど、それでも、「大切なもの」を知り、守るという意味では、サムライ精神が外国人の血に宿るのも大いに結構なことだと思う。単純な「日本オタク」とは少し違う部分が、あると思う。 ラフカディオ・ハーンが日本について書き記した本の部分訳が、「日本の面影」などというタイトルで日本でも出版されている。それを読めば、かつての日本がいかに素晴らしい文化を持つ国だったかがわかります。 ハーンも、実は「最後のサムライ精神」に触れた一人だったのです。 |
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